結月です。
さて、昨日は銀座。
10年以上使ってボロボロになってしまっていたMIUMIUのバッグに代わるものを探しにかつての行きつけ松屋銀座に。
サンローランのバッグで気になっていたのがあるため、現物を見たいと思った。
サンローランは銀座三越にもギンザシックスにも入っているけれど、わたしはずっとクレ・ド・ポー ボーテだって松屋銀座だったから、松屋銀座なのである。
そんなサンローランで気になっていたバッグ。そのカラーがお目当てだったが、訊いてみると現在は一番小さいサイズにしか使われておらず、その現物を見ると、
「小さすぎてこれは使えない…」
となった。
幅は30センチのものが理想であるが、そのサイズでお気に入りカラーがない。昔はあったそうだが。
しかし、サンローランのバッグはガッチリとしていて、皮の素材もいいし、デザインも好みに合ってる。とはいえ、使い勝手などいろいろ考えると「迷う」わけで、迷うということは買うには至らない。
で、とりあえずは買わずに店を出たわけだが、おもむろに見つけた他メーカーのバッグに通り魔に遭ったように衝撃を受けてしまって、
「これ、ください」
と買ったのであった。
それはかなり個性的で、挑発的なデザインでもあり、
「これを持ってると、目立つ」
と、目立つのが好きなわたしの趣味嗜好にドンピシャな代物。このバッグは素敵すぎるからここではどのブランドかは公表せず、出会ったと人に見せることにする。
このバッグを持っている人はそんなにいないだろうし、世間に対してい挑発的であるようなデザインも大変気に入ったのである。
ずっとMIUMIUのトートバッグを気に入っていて、気に入っていたからこそ10年以上毎日使った。品質も良かったため、毎日酷使してもこれだけ使えた。それだけに様々なバッグを見てみたが、このMIUMIUと比較してしまって、これぞというものに出会えなかった。
しかし、まるでオーソドックスでないアバンギャルドなバッグに今回出会い、やっと今までのMIUMIUとは違った別次元に行けそうである。
サンローランもものすごくいいけれど、いい意味でオーソドックスで、だからこそそんなに驚きはない。でも今回のバッグは驚きに満ち溢れている。
さて、実は先週は財布も新調した。これも気に入りすぎて10年以上使って、塗装がハゲていた。しかし、機能的にはまったく問題はない。
とはいえ、外装が古くなったから、人の前で使うのはどうかなというルックス。それはMIUMIUのバッグも同様。
ボロいとはいえ、機能的にはまだ使える。ただ、人から見られることを考えると「ちょっとこれは…」という段階に入ったのである。
それにわたしは普段着がだらしないから、腕時計と財布とバッグ、この3点はまともなものを持っておこうと思っている。そうでないと、だらしないだけの人間だと思われて、仕事に影響が出る。
とまあ、ファッションには着物以外に興味がないけれど、そういう実務的な理由から今回は財布とバッグを新調。
でも、これだってこれから10年は使うだろう。
そんな買い物を6歳の愛娘同伴で終えた後、銀座にいた頃、同じビルの地下にあった行きつけのバーに立ち寄り、馴染みのバーテンと話す。酒は飲まない。
このビルの3階が結美堂であったから毎日ここにいた。懐かしいというより、ここにいるのが自然。
やっぱり銀座がいい。わたしは銀座の人間なのである。
このフィット感。ああ、銀座に戻りたい。自分には田舎は合わない。
と、銀座回帰の気持ちがこみ上げてきたが、夜になっていたし、帰らないと栃木に着く時間が遅くなる。鬼滅も見なければならない。
というので、栃木に向かったわけであるが、特に今、新しいことをやり始めているから気持ちが高まっていて、田舎にいるのがちょっと嫌だなって気分。
東京で最前線でやりたいよ。
しかし、今はかつてと違って6歳の愛娘がいるし、毎日クルマで送り迎えしなければならないし、猫は3匹いて今更引っ越すわけにもいかない。それに仕事だって栃木でできる。ただ東京に来るときが遠くて面倒で、帰りの時間があるためゆっくりできない。
であるからして、銀座に戻るのは今のところ現実的ではないし、銀座でコストをかけるほど必然性のある仕事内容はない。むしろ栃木のほうが楽。
でもね、気持ちとして、やっぱりわたしは大都会がいいのよ。特に銀座がいいのよ。田舎は合わんのよ。
なんて愚痴りつつ、栃木だからこそ、やろうと考えていることもある。むしろ都市規模が小さい地方のほうがやりやすそうなこと。
それを成功させて、事業が大きくなればまた銀座に事務所を作れる日が来るかもしれない。だから、まだその時期じゃないことを認識して、栃木生活。そもそもこちらに来て4年半、東京を離れて4年半しか経っていない。
ああ、でも田舎が嫌。田舎っぽいものを見ると「はぁ…」とため息が出る。
いやいや、望んで来たわけでない栃木も、コロナがあったりして結果的に東京にいなくてよかった。緊急事態宣言なんかやられて銀座の家賃を抱えて着物販売なんて無理な話。
そして、栃木にいたからこそ、東京でマロオケ・モーツァルトレクイエムがやれることになり、それはコロナ禍から生み出されたものだった。さらに昨年はジェネオケが誕生した。
こんな素晴らしいことは栃木にいて、諸々の負担がなかったからできたのである。そして運命的な運が味方した。
だから本意でなかったにせよ、栃木に来ることになったのはラッキーだったと思う。愛娘の保育園も田舎ならではの広い敷地。東京の狭苦しい保育園では絶対に得られないダイナミズム。
また、毎日新鮮な野菜を安価で食べられる。冬になれば東京では入手できないような極上の苺を頻繁に食べている。那須に行けばニジマスを釣り、それを塩焼きにして食べる。
銀座に戻りたいと思うのも栃木にいるからこそで、もしずっとあのまま銀座にいたらこうした感情は生まれやしない。そもそも銀座にいた最後の2年ほどは銀座にいることにすっかり飽きていたし、そんなに楽しいとは思っていなかった。
今、栃木に来て、ジェネオケも立ち上げ、銀座にいたらきっとできなかったことをやれるようになり、だからこそ田舎モードではなく都会モードになっている。そんな気持ちの高まりが銀座に戻りたいと思わせているのである。
でも情念で物事は決めないようにしているので、現状としては栃木にいるほうがいいのであるから、リモートも含めながら新たな仕事を進めていく。
というわけで、明日は表参道に出かける。