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余計な言葉は要らない〜『悪童日記』を読みながら〜

結月でございます。

山登りのためにチャリのロードワークを平日は毎日している。

今日は保育園に愛娘をクルマで送るとワイパーを動かさなくてはならない状態に。しかし、戻ってからは雨が止んだため、ギリで行けるかなと思い、似合わないスポーツウェアに着替え、チャリで走り出すと途端に雨が降り出した。

撤収!撤収!

と、急いで引き返す。

山登りの体づくりのため、日課にすると決めたものができなくなるとどうにもこうにも不完全燃焼でスッキリしない。

鈍りきった肉体はスマホの充電で言うと、まだ8%くらいの体力しかなく、これだと今度の登山ではグロッキーになるか、途中挫折。

山登りまでの土日は育児でロードワークはできないし、京都にも行くから、正味な時間は少ない。

ところで昨日からアゴタ・クリストフの『悪童日記』を読み始めた。買ったのはひと月程前だけれど、他の本も読んでいたらちょっと遅れた。

これはなかなかすごい小説で、一気に読めそうな勢いだった。しかしながら、途中で3歳の愛娘の折り紙に付き合うことになり、まだ全部読んでいない。

この小説の特徴は、文章に装飾がなく、シンプルな言葉だけで構成されているところ。

むしろ、その方が凄みが出てくる。

いかに煌びやかに彩るかというのも文学の醍醐味だけれど、いかに言葉を使わないかというのも醍醐味。

料理でいうと、華やかなフランス料理もある反面、材料をぶつ切りにして土鍋にぶち込むのもいい。

アゴタ・クリストフがこの小説を書いたときは、まだインターネットというものがない時代だけれど、今のようにネット上に言葉が氾濫している時代には、むしろ言葉は少ないほうがいい気がしている。

歯が浮くような表現は鬱陶しいし、これでもかと流れてくるTwitterも煩わしい。

世界は少ない言葉で描けるほどシンプルなのかもしれない。そんなことを思う。

それは言葉のミニマリスト化かもしれない。

それほど今は、使い古された言葉の大洪水で、言葉の量のわりには事象のコアを捉えられていないのではないか。

ということは、的外れな言葉が多いというわけで、的を射れば本当は言葉は少なくていい。

テレワークで済むことを、わざわざ会社で会議をしているのも似たようなものかもしれない。

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