結月です。
今日はBSフジで『101回目のプロポーズ』。
ドラマが毎週楽しみなワクワク感(死語)は30年以上ぶり?
リアルタイムにこのドラマを見ていなかったせいで、次回が楽しみになる。しかもネットでまとめて見るものでないから、ああ、この昔の感覚。
トレンディドラマが全盛期だった頃は、学校に行くと、
「ねえ、見た?」
と、昨晩のドラマの話で朝の会話が始まる。
価値観が今のように複雑でなく、多くのところで集約されていた時代だから、みんなが大体同じようなものを見ていて、価値観を共有できていた。共有できていた時代は「共有」なんて言葉もなかった。今は共有がないから「情報を共有します」なんて言い方をして、メールにはカーボンコピー、LINEではグループみたいになるのだろう。
しかし、1991年のこのドラマを見て、やっぱり浅野温子が魅力的で、田中律子も可愛いし、その2人はものすごく髪が長くて、
「よかったな… あの頃は…」
いかん、いかん! ノスタルジーは進歩を妨げるから厳禁にしていたはずなのにやっぱり思ってしまうあの頃はよかった。
時間の流れもゆっくりとしていて、恋が素敵すぎる。
そして、チャゲアスの歌がいい。
あの頃は時代がよかったのかはわからない。あの頃の自分の年頃がよかったのかはわからない。でも、懐かしくて、いいなって思っちゃう。
将来、老人になって、やることもやれることもなくなったとき、YouTubeで80年代や90年代初頭の頃のドラマやCM、そして流行歌など見ているだけで過ごせそうな気がする。
でもわかんない。その頃には最近見たスパイファミリーのオープニング曲なんかを懐かしがっていたりして。
うちの6歳の愛娘はあの難解な曲を耳コピしていて、全部でないけど歌ってる。これには驚いた。わたし、全然覚えられないのに。
今の歌はリズム重視でメロディーが弱い。それでいて歌詞が複雑。わたしが覚えられるのは「ドクタースランプ アラレちゃん」や「ゼンダマン」までなのである。
昔は歌といえばメロディーであった。
であるからして、今の歌はしみじみとはならない。まあ、それも時代ってことで。
しかし思えば、クラシック音楽は音楽が古すぎて、しかも時代を超えてまだ演奏されているものだから、流行歌のようなノスタルジックはない。そこがちょっと寂しいとも思う。
よほどの衝撃がないと思い出にならないのがクラシックというもので、だからこそ何度でも聴けるのであるが、自分の過去と照らし合わせることがない。
わたしにとってはモーツァルトのレクイエムだけで、それは子供の頃からずっと憧れていたパリに初めて行ったとき、サン・ジェルマン・デプレ教会で初めてモツレクを体感したときが衝撃的すぎて、モツレクをCDでかけると今でもあの時のパリのことが思い出される。
それは初めてのパリがあまりにもわたしにとって感動的だったからで、しかもパリで最も古い教会でモーツァルトを聴いて、本物の「西洋」を感じたのだった。今まで自分が日本で接していた音楽や哲学や文学は、日本でのレプリカだったのだ。その衝撃が忘れられない。だからいつでも、今でもパリに行きたい。
人にとって戻る場所、戻る時間があるのかもしれない。
それがない人もいるかもしれない。ずっと地元のマイルドヤンキーならそういう感情は少なそうだ。
そういえば、昨年、4年間過ごした熊本に行って、当時毎日のように一緒にお酒を飲んでいた先輩と当時よく行ったビアホールで飲んだ。その先輩もそのビアホールに来るのは数年ぶりということだった。
そして、繁華街を歩き、バーへ向かった。その一帯もよく遊んだ場所だった。
熊本から東京へ来て、遠く離れてしまったわたしにとっての熊本は思い出いっぱいで、すべてが懐かしい。それをしみじみと感じながら熊本で過ごした月日を思い出す。しかし、先輩はずっと熊本のマイルドヤンキーだから地元と言っても意外に繁華街には来ていなくて「久しぶり」とは言っていてもわたしほどの「しみじみ感」はなさそうだった。
それは来てないだけでいつも近くにいるからだろう。
つまり、戻る場所でないわけだ。
わたしは熊本出身ではないけれど、4年間過ごしたせいで今でも先輩と話すと、
「熊本に帰ってこんね?」
と言われたり、行きつけだったフランス料理店に行くと今でも、
「よう戻ってこらしたね」
なんて言われる。
いやいや、ちょっと用事があってこっちに来ただけ。戻ってきたわけじゃないんだけどね。でも仲良くしてくれた人たちは、わたしに熊本に戻ってほしいと思っているのかもしれない。
そんなことを言ってくれる人はすでにいないけれど、パリはパリという街が行けば必ず、
「おかえり」
と街が言ってくれている気がする。
そういう場所があればあるほどノスタルジーは増えて、
「なんか、いいよね」
と思う。
居場所を転々をしたせいで土地との別れがある。そこにセンチメンタリズムが生まれる。
もしかしてそういうおセンチな感性がない人ならばそこまでは感じないのかもしれない。しかし、わたしは自分が過ごした土地にはおセンチになる。正確にいえば、その土地で過ごした時間に対してセンチメンタルな感性がある。
ところでどうなんだろうか。年齢は若いときのほうが感性が敏感だから思い出深くなる。年を取るとそこが鈍感になるから思い出化はしにくくなるのだろうか。
わたしは東京から栃木に来て丸4年、愛娘の保育園の送迎のために毎日毎日、国道294号線をクルマで往復したが、4月からはこの道を走らなくなる。しかし、将来、栃木を離れてものすごく久しぶりに294号線を走るときっとノスタルジックになる。2歳に満たない愛娘が後部座席のチャイルドシートの座っていたことを思い出す。
それが若い頃の思い出と比して弱いものであるかはあと20年経ってみないとわからない。しかし、小さな愛娘と過ごした時間は十分に思い出になりそうだ。
その人の人生が充実したものであったかどうかはきっと死の直前でわかるのだろう。どれだけ印象深く振り返るものがあるかどうか。
それは社会的な成果とはまったく関係なく個人的な思い出。
何もしなかったら思い出にはなりやしない。
ずっと部屋に引きこもっていたり、寝たきりになったり、仕事をしていても毎日同じ内容であるならきっと思い出は生まれないだろう。
そしてわたしは若い頃に成し遂げられなかったもの、当時やり損ねたもの、それを今求めている。
新しいこともやりたいが、過去に残されたままの不十分を精算したい。