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中学くらいは出ておかないとね

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結月でございます。

ゆたぼんっていう12歳のユーチューバーが中学校には行かない!って言ってるらしいけど、こういうのを見ると、

「ああ、ポストモダンだなぁ」

と、思う。

わたしも中学校はつまんないところだと思う。自分の中学時代を思い返しても、まずロクな先生がいなかった。ちなみに中学は普通の公立。

どうして中学校にいい先生が少ないかは大学に進学してからわかった。つまり、公立高校の先生は大学の教育学部を卒業したらそのまま教員試験を受けて先生になるからであって、つまり社会経験ゼロで、学生しかしたことがない人がそのまま教員になる事実を見たから。

そして、教育学部は大学の中でも偏差値が低く、専門性も乏しくて、要は国が決めた指導要領に沿って、その範囲内で授業することしかしてない。

だから、予備校の先生のほうが人気があったりするわけで、予備校の先生はキャラも立っているし、評価が悪いとクビだから工夫も凝らすし、クオリティは高い。

とは言え、中学の先生が人間的に悪いというわけではない。人間的にはいい先生はいた。しかし、社会経験がない頼りなさ、そんな人が進路指導をするのも説得力がなく、人を教える立場としての品質としてはイマイチ。

社会を知らないまま歳をとって、社会を知らないままずっと子供を相手にして定年へと向かうのだから教育現場はタコツボ化して、ますます世間の常識とかけ離れていく。小学生の女子に体育のときは下着をつけるな、というのもその一つで、それが長年まかり通るほど常識外れになる。

というわけで、日本の公立中学に行っても大したことないよねって話は理解できる。でも、ゆたぼんを肯定する気にはならないのは、中学に行かないならそれに代わる卓越したものがゆたぼんにはなさそうだから。

ユーチューバーと言っても有名なわりにはものすごいチャンネル登録者数でもないし、内容も薄い。話していることも浅はかな大人が考えがちなことをそのまま感化されただけって気がするし、個性があるようであまりない。ただめんどくさそうで、悪い奴ではないんだろうけど小生意気な子供にしか見えない。

例えば藤井聡太棋士が高校には行かない、というのならいい。結果的に高校へ行って中退したとはいえ、あれだけズバ抜けて将棋が強く、中学の時点でプロ棋士になっている実績があるから高校はいらないって話もわかる。

ところがゆたぼんの場合はそこまでの説得力がなく、自由を目指して何をやりたいのかさっぱりわからない。

年齢的にまだ子供だから世間も話題にする。これが二十歳くらいになったら話題にする気も起こらない面倒な大人にしかならないのではないか。

中学で習う例えば数学。因数分解、二次関数、三平方の定理などなど、そういったものは実社会では使わない。使わないから要らないかというとそうでもなさそうで、そうした数学をちゃんとやった人間とそうでない人間は大人になってからまるで品質が違った差がある。

これもわたしが大人になってからわかったもので、そうした基礎教育をちゃんとしていない人は、簡単な論理的な話ができない。会話にならない。故に共通理解が得られない。

そして、数学的に順序立てたり、裏付けを確保しながら進める頭がないと、感情に任せたことしか言葉に出なかったり、そもそも人の話をちゃんと聞く能力がなかったり、とにかくまあ、それはそれは困った人間にしかならないものである。

そこに人間的な性格は別であり、とにかく筋立てた話ができないといくら性格がよくとも話が通じない。

数学は見た目には世間で使わないものであっても、人間の思考回路にはちゃんと染み付いているもので、これがないとやっぱり困る。

数学に限らず、中学校で扱う科目くらいはしっかりとこなしておいたほうがいいのははっきりしていて、その基礎的なところがないと社会で使えない。

勉強ができない低学力だと大人になっても仕事は肉体労働系しかない。ステレオタイプに言うと、最底辺だと男は工事現場、女は風俗。

その上にコンビニやスーパーのレジ打ちみたいなものがあるけれど、これらは意外とタスクが多く、複雑で面倒な処理がありすぎて、簡単そうに見えて最低限の知力はないと勤まらない。

しかしながら今はIT技術が進歩して、昔ならあり得た単純労働も人間でなく機械が行なったり、あとは海外から安い賃金で雇える研修生みたいな制度があるから日本人で低学力の出番が少なくなってきている。

となってくると、勉強はしておいたほうがお得、と言うよりマストになってきて、昭和時代のように、

「俺は頭は悪りーけど、やる気はあるッス!」

だとか、

「おら、学校は行ってねーけんど、がんばるだ」

みたなものは通用しない。

せめて高校くらいは出て、スゲーことまではできなくとも、今の社会状態で「普通」と言われるくらいの能力は身につけておかないと本気で仕事がない。

コンビニだって中卒という段階で採用されないし、高卒だって面接で落とされてるのはいくらでもいる。

基礎学力がない人間は話が通じなくて面倒で、そんなあなたに仕事を任せるのは無理だよねっていうハードルは昔より高くなってる。

だから、日常のコンビニでもスーパーでも、どうしようもないような店員はほとんど出会うことがなく、概ねみんなちゃんとしている。

あとは自分がどこにポジショニングするかということ。

高卒ならおそらくは高卒同士くらいのコミュニティの中で過ごすだろうし、大学卒であればその大学の偏差値の付近でコミュニティができあがる。つまり、それが会社での仕事だったりする。

というわけで、世間が最低でも中学校は卒業している中、中学校には行きません!と宣言しても何か卓越した才能がないと世間に居場所はない。

藤井聡太なみに将棋が強い、ビルゲイツなみにプログラムが書ける、ショパンコンクールで優勝できるくらいピアノが上手いなどなど。

ちなみにルービックキューブが誰よりも速いとか、早口言葉を爆速で言えるとか、そういうのは駄目。なぜなら、そういう特技はいかにすごくても社会で金にならないから食っていけない。「すごいね」で終わってしまう。

つまり、社会に関わる才能でないといけないわけだ。

ところがそんな才能を持っているのは1000人に一人もいない。だからこそ、ほとんどは凡人なのだから、中学校くらいは出たほうがいい、となる。いやいや、最低限高校かな。う〜ん、今は高卒でもあまり行き場はない。

ものすごい大学を出なくとも、ある程度の大学くらいは出ておかないと何が損かというと、

「こいつ、馬鹿だな」

って、口にはされないけれど、心の中で馬鹿にされるから。

馬鹿にされていると、まずちゃんと相手にしてもらえない。相手にしてもらえないとすなわちいい仕事も回してもらえない。

ある程度の大学は出ておくと、

「一応、最低限は勉強してきたんだな」

と、認識されるから、そこまでは馬鹿にされはしない。

日本は学校そのもののあり方、そしてクオリティにはかなり問題があるのは確かだけれど、それなりに通っておいたほうが得だという社会になっていて、それを否定するにはド級の才能がないと無理。

でも、基礎的なところがないくらい頭の悪い人と話すのって大変だよ。どんなヒューマニズムでも肯定できないほど大変だよ。話が通じない人と話すのって絶望するよ。迷惑の塊だよ。

そういう人とはできるだけ接しないのが安全。話しても通じないんだから。

だからこそ、コールセンターとか、コンビニ店員とか、不特定多数を相手にする仕事はキツい。

悪質なのはクレーマーやモンスター云々だけれど、基礎的なところさえ勉強してこなかった頭の悪さって、自分の頭の悪さすら自分で認識できないからタチが悪いんだよ。もうどうしようもない。

わたしはそんなところに同情するヒューマニズはお断り。

粗悪すぎるものとは付き合いたくないね。

だって、そんなものに付き合うと、自分のほうが破壊されるから。

整合性のある理性は粗雑さには勝てないんだよ。

そんな理不尽があるから、そんな理不尽がなくなるように最低限は勉強しておくのが世のため人のためなわけ。

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