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おもしろいものは熱意から生まれる

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結月でございます。

今月中に一本仕上げたい企画を猫を抱っこしながら、うつらうつらと考えています。どういう風にしたらおもしろいかなぁって。

それから来年のイベントのこともうつらうつらと考えてる。

自分がおもしろいってことを、他者にもおもしろい!って思ってもらえるようにするのが素人でないってとこですが、それがなかなか難しい。

自分がおもしろい!って思っていることでも、他者がおもしろい!って思わないと、それは聞くに耐えない退屈なものになってします。

「いや、興味ないんで…」

で、おしまい。

わかりやすいのが宗教だよね。

そのひとが入信した宗教の教義を聞かされても全然、おもしろくない。だから宗教の勧誘って退屈なものだし、例えばその宗教が販売している数珠とかを熱いトークで見せられても、それが自分だけの興味の世界だから、聞かされるほうはやっぱりつまんない。

こういうことって、宗教でなくてもたくさんある。

わたしは基本的に他人のFacebookとかInstagramは見ないのは、そこに投稿されている内容が自分にとってどーでもいいことばかりだから。

誰かがどこの飲食店で何を食べたとか、どこに行ったとか、そんな報告めいたものを見ても全然興味持てないし、

「だから何なの?」

と思ってしまうその数秒が無駄だと思うから、見ないようにしている。

自分が何かを食べたとして、何を伝えたいのか、どう伝えたいのかという他者への架け橋となる記述をしてくれないものは読んでもつまんないよね。

「どこそこ行きましたー! おいしー!」

みたいなものって何も得られない。

どこそこにはどんな魅力があって、自分もそこに行けばどんな楽しみがあって、その美味しさは一体、どんなものなのかってことを感じさせてくれないとやっぱり他人にとってはつまらない。さらにそこに行けば、自分をどう変えてもらえるのかがあるといい。

あとは、発信者のキャラがおもしろくないと、何を発信してもつまらないんだ。

キャラっていうのは、その人の奥行きとなっているものなんだろうなぁ。

今までどんなことをしてきて、それがどれほど常識を逸脱していて、普通ではないものを持っていて、多くの人が知らない世界を知っているとか。

宗教って要はそう行ったキャラがない人たちが入っちゃうんだよね。

自分にキャラがないから、怪しげなグッズを買っちゃって、自分にないものを補おうとする。

同じ人間はこの世にいないんだから、どんな人でもオリジナルの人生を生きていて、その人でしかない経験ってあるはずなんだけど、それを発揮しないケースが多いと思う。

と、兎にも角にも、自分がおもしろい!って思ってることを他者にもそう思ってもらうのは簡単でない。

簡単でないからどうやればおもしろい!が伝わるのかうつらうつらを考えているわけ。

一方で、こういうのは考えてするものでもなく、自分が誰よりも熱くなっていると自ずとおもしろさは他者へ伝わる。

しかし、ただ熱いだけではわかりにくいから、ちょっとした技巧的なことが必要ってこと。

でもやっぱり熱意なんだよね。

どんなことでもいいから熱意が尋常じゃなくて、しかも持続性があるってものはおもしろい。

瞬間的な熱量が高くても、続かないんじゃただの三日坊主だから。

そう。三日坊主って一時的な熱意だけは高いんだよ。

 

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