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映画は中国第五世代まで

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結月です。

映画の世界に行こうと思っていた人間であるのにすっかり映画を観なくなって随分になる。それは観たい作品がないからだし、昔の観たい作品はほとんど観てしまったから。

今は劇場映画も上映されることが少なく、日本映画も日本映画らしいものは全くなく、日本映画というジャンルもないと言っていい。

その代わりNetflixなどネットで自宅で観る映画はたくさん。でもストーリーの展開のおもしろさを重視しているのかあまり興味も持てず、スマホで観てもね…なんて思っている。

2000年を迎えた頃は日本映画は劇場が足りないほど映画が作られていた。大きなものは少なかったけれど、ウェルメイドな中作品、あとはちょっとマニアックな尖った作品が多かった。ちょうどそんな時、わたしは映画の世界にいていろんな映画人と会ったりして大変楽しかったのである。

でも、きっと日本映画が調子いいなんていうのは今だけで、すぐに駄目になると予測した。ヨン様ブームのときで、韓国映画がかつての香港映画のようにものすごい勢いで傑作を連発していた。ソウルに脚本を書きに行ったが、韓国映画界の手厚さを見て、

「日本は駄目だ…」

と思ったのである。

そして、映画の世界には入らなかったが、この判断は正解だった。日本映画の盛り上がりは小さなバブルに過ぎず、一気に作品数は激減した。

もし映画にこだわっていたら今頃、どんな貧乏生活だっただろうか。絵に描いたような悲惨な生活でどん底にいたに違いない。

さて、宇都宮には昭和の建造物が寂れたまま残っているビルがある。宇都宮にはここだけでなく、昭和の遺物が結構残っていて、廃墟のようになっているものもあれば、一見廃墟風でまだ営業をしていたりする。

そんなビルにヒカリ座という映画館があって、名画座となっている。古い名作を上映していたり、箸にも棒にかかからないような作品をやっていたりする。

しかし今、チェン・カイコー監督の『さらば、わが愛 覇王別姫』が上映中である。

この作品はわたしが好きな映画トップ3に入る傑作で、DVDも持っているので何度も観ている。ちなみに「さらば、わが愛」は邦題で、中国では当然『覇王別姫』だけである。つまり京劇の演目。

主演はレスリー・チャン。彼がもっとも美しい映画で、この作品は彼のためのものだと言っていい。レスリーは香港の高層ホテルから飛び降り自殺してしまったが、レスリーは美しいまま死んだのでそれでいいかとも思う。もし彼が生きていて、そのオッサン姿を見せていたらきっと幻滅する。

そして、コン・リー。コン・リーは超ド級の女優だけれど、この時代が全盛期で、もうたまらない。

この映画は中華民国時代から文化大革命終結までを描く大河ドラマ。

何度も観ている作品なのに、ヒカリ座のサイトから予告編を観ただけで涙が出てくる。どういうわけかこの映画を観ると、特に京劇を叩き込まれる主人公の少年時代には涙がボロボロと出てきて止まらない。

これくらい泣く映画はチェン・カイコーと同時期のチャン・イーモウ監督の『妻への家路』で、これもコン・リーである。文化大革命を描いた作品だが、これには顔面が崩壊するほど泣いてしまう。

思えば映画をたくさん観てきたが、我慢できずにボロボロ泣いてしまうのはこれらの作品だけで、中国第五世代。

チェン・カイコー、チャン・イーモウらを中国第五世代といい、彼らがちょうど文革の頃、青年時代だった世代である。

映画史にはムーヴメントがあって、例えばアメリカンニューシネマ。ベトナム戦争時のアメリカで起こった映画で『俺たちに明日はない』だとか『イージーライダー』だとか。

そしてフランスではヌーベル・バーグ。ヒッチコックに影響を受けたフランソワ・トリュフォーやゴダール、あとはルイ・マルなど。

こうして映画史はそれまでの映画を打ち壊すような斬新さをもたらすムーヴメントが繰り返されてきた。

90年代から2000年前後が中国第五世代というわけで、わたしとしては映画は中国第五世代で終わってしまった。もう新しいスタイルは出てこないだろう。

それは映画そのものがネットで見るものになった事情もあるし、ネットによってグローバル的平均化が進んだため、ドメスティックな描写がなくなったから。要は巨匠が出てこない環境なのである。それは音楽界もそうだし、歌舞伎だってそうだし、どこも同じなのである。

もちろん、新しいなと思う表現は出てくる。でもそれがムーヴメントになるほどにはならない。もしかしたらAIによる表現がそうなるかもしれないが、観客がAIで作られたものだと知っているとなかなか感動にはつながらない。それはCGが表現的には緻密であっても、リアルなものでないという認識が観客に最初からあるからで、もうCGでは驚かない。CGで腰を抜かすほど驚いた映画は『マトリックス』だが、もうそういう描写も誰でもできるものになってしまった。

つまり、人間的なものでないと感動はしない。Netflixなどの映画やドラマは魂の感動というより、ストーリー展開の楽しさであり、その解析が視聴につながっている。

だから、わたしにはそれらは映画とはどうしても認識できなくて、あまり見る気が起きない。

そして、劇場でやる機会などもうないかもしれないという『覇王別姫』を観に行こうかと思う。もう何度も何度も観ているけれど、やっぱり劇場のスクリーンで観たい。

しかし、10時から上映で3時間弱だから終わるのが13時ほど。愛娘の学校に近い映画館であるが、送迎の合間に行くにはちょっと難しく、上映まで2時間をつぶし、映画が終われば迎えに行くには早すぎる。

と、些か迷いつつ、劇場で観るには最後のチャンスかと思う。

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