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何もしないより「やってみなはれ」

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結月でございます。

今日は祝日。

今日は雨。

そんな日に保育園がないものだから、今日も終日、5歳児と一緒なのであるが、雨だから部屋にこもりがち。ついでに言うと、5歳児に妨害されるため、公演間近であるのに仕事はできない。無理にやれなくはないが、その妨害でミスが出そうだからやらないことにしている。

と、そんな屋内時間が多かったせいで、夜10時くらいになって外に出たくてたまらなくなる。しかし、ここは栃木であるから、どこもかしこも閉店時間が早い。開いている店といえば、コンビニどドンキくらいか。そこで、

選択肢①

ミニストップまで出かけ、うまいソフトクリームを食べに行く

選択肢②

ドンキに行く

まずミニストップのソフトクリームを食べに行くには一番近いところでクルマで20分。そして、深夜営業をしている宇都宮のドンキはクルマで35分。

「どっちにする?」

と、5歳児に訊くと、

「ソフトクリームを食べてから、ドンキに行く」

との答え。

いや、でもそれはできなくはないけど、ちょっと遠回りでキツいからどちらかひとつにして頂戴。

「じゃあ、ドンキ」

ということで、まだ雨が降る中、夜10時にドンキへ向かう。

わたしは人間嫌いで引きこもり体質であるくせに都会の雑踏が好きなのである。人が大勢いて、ゴチャゴチャしていて、夜になっても賑やかさが衰えない都会が好きなのである。

であるからして、田舎生活だと雑踏に飢えてしまう。栃木に来てしまって、雑踏がないストレスというか、鬱憤は確かにある。

と、都会派であるからじっとしていられない。というわけでドンキへ。クルマを走らせるだけで心地いい。

ちなみにどこかに出かけたいと先に言い出したのは5歳児のほうで、

「アタシも同じ考え」

と、同意した。

雨の中、クルマを飛ばしドンキに到着。特に買うものはないのだけれど、5歳児はお菓子コーナーである。とは言っても普段、そんなにお菓子ばかり食べさせているわけではない。

しかし、家の中にいる時間が長かったから、ときめきが必要である。

わたしはドレッシングを買った。キャベツの千切りがマイブームな今、先日買ったフレンチドレッシングはもう空になっていた。ドレッシングはサラダにかけるものではない。サラダを浸すものなのだ。

ごまドレッシングにしようと思ったが、それは一昨日空にしてしまい、同じのもつまらないということでシーザードレッシングにしておいた。

あとはカー用品コーナーでクルマ用のゴミ箱を買った。

買ったものはそれだけだが、5歳児はおもちゃコーナーを眺めたり、わたしは話題のスマートテレビを見て、4Kのこの画質で3万円もしない価格に驚く。

しかし、スマートテレビがこれからは普及、というかメインになっていくだろうから、NHKの受信料の収益はさらに下がるだろう。

と、どこに何があるのかわからないのが魅力のドンキをぶらぶらしていると、お馴染みのドンキの歌が流れてきて、ちょっと感慨深くなる。

この歌を歌う田中マイミさんにジェネオケテーマソングを作ってもらい、PV制作までやってすごくいい仕事が一緒にできたから、マイミさんに会う前とその後ではドンキの歌がわたしの中では違ったものになり、感慨深いのである。

そう言えば、ドンキへ向かうクルマの中で5歳の愛娘に話していた。

「とにかくやってみることが大事なんだよ。やってみると思いもよらないことができたり、いろんな人に会えたりして、やってみることで始まることがたくさんある。何もやらないことは楽かもしれないけれど、それじゃ、何も生まれやしない。つまんないよ。だから、あなたもとにかくいろんなことをやってみることだよ」

と、助手席に向かって話す。

こうして夜に5歳児がドンキへ出かけるなんてよろしくないと思う人もいるかもしれないが、数ヶ月前、こうして夜にドンキに出かけて、そこで耳にしたボサノババージョンのドンキの歌に感動して、ジェネオケテーマソングの発想が閃き、そして実現した。もし夜だからと敬遠して5歳児を連れてドンキに行かなかったら、テーマソングは存在しなかった。

何もしないところからは何も生まれない。

何かやることで何かが生まれる。

今に至る歴史を振り返ればすべては行動した結果でもたらされたもの。

今でも来てくれる結美堂ガールズもそれは20年近く前、思い切って銀座に店を出したから生まれた縁であるし、初めて大きな公演をやってみたからこそ、ジェネオケが生まれた。

もし普通の勤め人生活を続けていたら、こうしたことは生まれていなかったし、出会いもなかった。

わたしには大事な出会いがいくつもあって、それらは「やってみる」ことによってもたらされたものばかりである。

やってみることは苦行だし、面倒なことばかり起こるし、うんざりすることも多々あるのだけれど、それだけ大変だからこそ真剣に生きられるわけであって、ゆえにそこで出会った人とはしっかりと付き合える。

よくサラリーマンが定年するといきなり人間関係がなくなって、今までの会社での付き合いはただの会社の付き合いでしかなかったことを知る話がある。それはきっと主体的に生きてこなかったせいであり、やってみることをしなかったせいに違いない。

だから、やってみることは大変だけれど、だからこそもたらされる素敵なものがあるからやりたいと思ったことはやるといいよ。

そんな話を5歳児にする。

それを理解しているかどうかはわからない。でも少しはわかったように思う。

今日夜中にドンキに行ったことは大きくなったら忘れているかもしれないが、思い立ったことには体を動かす、という習慣というかスピリッツは染み込んでいるのではないか。

「もう遅いからやめなさい」

というのと、

「ドンキに出かけるよ」

という家庭環境では育ち方が違うだろうから。

これはまさしく、サントリーの「やってみなはれ精神」である。

思ったんやったら、やってみなはれ。

何もやらんのが一番悪い。とにかくやってみなはれ。

現状がつまらんのやったら、新しいことをやってみなはれ。

そして、自分がやったことないことをやってみなはれ。

失敗するか、成功するかなんてやってみないとわからない。だからやってみなはれ。

それでもし失敗したら、また違うことをやってみなはれ。

そして、みとくんなはれ。

こういうことやってみるから、みとくんなはれ。

「みとくんなはれ」と思えれば、どんな人にも会いに行ける。怖いもんなんかない。これだけのこと、やってみるからみとくんなはれ、と言えるやないか。

そうやってやってみることでいい縁ができたり、思いもよらない成果が出たりする。もちろん一足飛びにはいかないけれど、じわじわ、じわじわと鍾乳洞が伸びるみたいに少しずつ大きくなる。

というわけで、ドンキから帰ってきたのはちょうど0時をすぎた頃であった。

そして、歯磨きして、

「はい。今日はおやすみ」

と、5歳児を寝かした。

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