結月でございます。
ちょっとした興味で「盗難」についてネットで調べていると、衝撃とまではいかないが、驚いたというか「なるほど」と思ったことがあった。
それは盗難の犯人が意外にも身近な人であることが多いという事実。
財布や腕時計、アクセサリーなど貴金属、そういったものが盗まれて、その犯人が実は友達だったり、会社の同僚だったり、義理の兄弟だったりすることがあるという。
言われてみれば、近しい人であるならその貴金属をいつも見ていてよく知っている。すると次第に欲しくなってくる。そして近しい関係であるから、相手がどのような行動、例えば何時に風呂に入るとか、何時に寝るとかそういう情報が豊富なわけで、盗もうと思えば簡単にできる。
まるで面識がない窃盗となると、電車でのスリだとか、酔っ払って公園で寝ている人を狙う置き引きといったもので、盗みのプロなのである。
しかし、確率的にはそうしたプロの盗みに遭う確率よりも、手癖の悪い近親者がいることのほうが社会全体としては確率が高く、なるほど顔見知りで手癖の悪い人に出会っているほうが多いのかもしれない。
家族であればどこに何が置いてあるかは知っているし、会社の同僚なら同じロッカー室を使う。盗みやすいというわけだ。
さらに盗まれてもまさか自分に近しい人が盗むとは思わない。そういうところも盗みやすくなるのかもしれない。
あとは日常的に会っている人だと、例えばネックレスも同時に見ていて、他人のものなのに愛着が出てくることもあろう。愛着ゆえに盗んでしまおうと思う。
これは一種のフェティシズムだと言える。
わかりやすい例だと片思いの相手が身につけているものをほしいと思う。
また金はあるのにスーパーで安い食料品を万引きしている人がいるのをテレビの特番で見たりするが、盗みというのはスリルを味わうものでそのモノがほしいというわけでなかったりする。うまく盗めたことが快感になり、それを求める。
ウディ・アレンの映画だったか、そうした癖のある男が友人宅の灰皿か何かを盗む。しかし、友人宅を出た後にその灰皿はゴミ箱に捨ててしまう。盗むことがやめられないだけで、その事物への物欲でない。
あとは盗んだものをネットオークションでさばき、現金化する。これにもきっと快感があるに違いなく、自分のテクニックで盗んだものが金になる。うまくいけば行くほど働くのが馬鹿らしくなる。
まあとにかくも盗みの犯人は実は近しい人だった事例が多いことに妙に納得したのである。
近しいだけに他人ほどの境界線がなく、なんとなく共有してもいいような気分になるのだろうか。
そう言えば、母親の高級化粧水を娘が黙って使っていた、なんた話も聞いたことがある。
身内であれば法的には窃盗が成立しないという話もネットで読んだ気がするが詳しくは知らない。
思えば、わたし自身は何かを盗まれた経験がないような気がする。思い当たることがない。
しかし、昔、うちのお客さんの息子さんが医者で、大金の入った財布をロッカーから盗まれた。どうやら犯人は看護師のようだったが、騒ぎになることを避けてスルーした話を聞いた。
あとは楽器店に勤めていたとき、社員がイタリア製の150万くらいのバイオリンを盗んだことがあった。きっとあの人だろうと社内では特定していたが、これも騒ぎになるから被害届は出さず、社内で処理した。
その後、その奥さんだろうか、会社の階段にバイオリンが置かれていて、「お返しします」とメモがあったそうだ。
盗んだ社員にはおそらく金銭的に苦しい事情があったのだろう。
内部を知っている人間のほうが盗みやすい。
考えてみれば当たり前のことなのに、それを最近知ってちょっとは驚いたわたしなのである。
それだけ人間というのは、よほどでない限り身近な人を疑って付き合っていないのだろう。