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高学歴がいいというわけではない。

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結月でございます。

高学歴で、エリートっぽくて、海外にガッチリ留学していたり、MBAを取得していたりして、有名な大企業に勤めて、年収もものすごく高い。そういう人は優秀に違いなく、もちろん生活にも困らない立場にいたりする。

しかし、そんなに優秀であるのに何だか不幸せそうに見えることがあって、優秀すぎて会社の責任ある仕事に追われ、なんか疲れている。病気になっても病院へ行く時間もない。ストレスで何かしらの持病を持つようになり、それを抱えながら年収のいい仕事に追われる。

そういう風景を見ると、

「それってどうなんだろう…?」

と、優秀でないわたしは思う。

大きな家を買うくらい年収があり、物質的には不満が出るわけでないのに離婚危機であったり、離婚済みであったりすることもしばしばある。

人間ひとりはそれほど物質を必要としないもので、クルマだって一台あれば事足りるし、家だって数部屋もあれば十分。食べるものだって胃袋の中に入る量は決まっているし、高い食材だって毎日食べていればありがたみもなくなり、ありがたみがないものは金のない人がコンビニの弁当を食べるのと本質的には変わらない。

価値とは相対的に生まれるものであり、貧乏であるから高級食材に大騒ぎする、自家用車が中古の軽自動車だから高級車に憧れる、とまあそんなもので、高級なものもそれが毎日となると相対的な差が生まれないから大した感動もなくなる。

ともかく、ものすごい高学歴で、有名企業で会社員をやっているのに自分がやりたくない仕事を優秀がゆえに任せられて必死にこなして、時には体を壊しているのを知るとやっぱりわたしは、

「それってどうなんだろう…?」

と、思うわけである。

楽しさだけで考えれば、そんなに学歴もなく、そんなに優秀でない人のほうが素直に楽しめている気がする。

地元が大好きなマイルドヤンキーを見たって、地元の高校を卒業して地元でバイトなんかやりながら、幼馴染と一緒にハンドルにモフモフをつけたミニバンで地元を乗り回したり、地元の焼き鳥屋で地元仲間と酒を飲んで、

「やべっ!オレ、金ねーわ!」

なんて言ってる人達は何だか楽しそうである。

もちろんみんながみんな楽しいわけでなく、ブラックな会社でバイトしていたりするケースはあれど、それはそれに見合った勉強しかしてこなかった履歴があり、もともと投資されていないものであるならまあ納得はできる。

しかし、高学歴となるとそこに至るまでの教育費は膨大で、それを取り返せるだけの年収をもらっていても、ストレスいっぱいで不幸そうであれば釣り合う話でもなさそうである。

すべてではないけれど、高学歴エリートは優秀ではあれど、おもしろい人か?となるとちょっと方向性が違ってくる気がする。

霞ヶ関のキャリア官僚などとても優秀でも社会に対しておもしろいことをやる人かと言えばそうではない。そうではないから官僚をやっている。

なんだかおもしろいことをやる人はエリートではなく、庶民的テイストがあって、勉強はまったく駄目ではないが、ものすごくよくできるわけでない、どちらかというと部活に明け暮れてましたなんていうタイプが多いのではないか。

確か日本の社長の出身大学のトップは日本大学で、学歴的にはそんな優秀でない。しかし、社長が多いということは起業する人が多いということで、そういう学風なのかもしれない。

次に多いのは慶応で、これは慶応出身者は親が会社をやっていたりするケースが多く、それを引き継いだということか。

ともかくもおもしろいことを考えるのは「ユルさ」が必要で、言われたことをきっちりとやりこなしてしまうエリートタイプは向かないのだろう。

おもしろいアプリを開発するプログラマーは学歴的には低かったりして、小学生の頃からPCにハマってプログラムばかりやってましたというのが履歴になり、プログラムを書くことは学校の勉強は必要としない。

おもしろさとは遊びから生まれるもので、高学歴エリートとなると小さい頃から遊びでなく勉強をやらされてばかりであったからクリエイティヴにはなれない可能性はある。

思えば、いわゆるいいとこのボンボンやお嬢ちゃんがおもろいことを発案してやっちゃっている例はあまり知らない。

どこに幸福を置いて考えるかによるけれど、たまに優秀すぎて年収の高い社畜状態で体を壊している人を見ると、複雑な気持ちになる。高級な社畜になるために勉強してきたのだろうか?

貧困で苦しいのも困る。でも金があるだけというのも困る。

さて、たまに元気のいい人に会うことがある。今、こんなことやってんだよ、ブハハハハハ!みたいに自分の取り組む仕事に楽しそうである。

専門外のことを言われてもどういうものかわからないにせよ、なんせ元気がいいものだから聞いていて気持ちがいい。

それが本当にすごいものかはわからない。でも、本人は楽しそうである。

きっとそういうほうがいいのだろう、と思う。

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