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今年は栃木県アゲアゲプロジェクトをやるよ!

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結月でございます。

「あけおめー!」

さて、2021年が始まって、今年は久しぶりに新プロジェクトをやるよ。わたしの懸念通り、都道府県魅力度ランキングで最下位になってしまった栃木県をアゲアゲするプロジェクト。

しかし、ダサすぎる栃木をランクアップさせるには一筋縄ではいかない。じっと堪えながら、少しずつ、少しずつ進めるしかない。

年に一度のランキング発表だから、何かバズればランクアップは狙えても、結局そういうのは長続きしない。まずは基礎体力を作らなければならない。ドーピング的な瞬間芸はまた再来年に最下位になるだけだから。

このアゲアゲプロジェクトのネーミングがまだ思いつかない。ネーミングは重要だから、やっぱタイトルが決まんないとね。

ところで栃木のいいところって、土地のナショナリズムが希薄だってところ。見たところ、魅力度ランキングで最下位になってもスルー。いや、だから最下位なんだけど…

地元ナショナリズムがないからこそ、わたしのような部外者、登記上は栃木県民でもネイティヴでない人間が動きやすい。

これがもし地元ナショナリズムが強い土地なら思うように動けない。よそ者が勝手なことするなと潰されてしまう。

そう。つまりそういうマイルドヤンキーはホモソーシャルなのであって、ホモソとわたしは実に相性が悪いのである。

 しかし、栃木はそんなところがあまりなく、地元出身の全国ネットのU字工事なんかとちテレで見ても、栃木の魅力を発信しているつもりでも全然パンチがない。

さて、栃木アゲアゲプロジェクトは、主戦場はもちろん東京。とはいえ、ネット時代だからオンラインでは東京でなくてよろしく、つまりは地元に向かってでなく、外に向かってのPR。

ということは、基本的に栃木の人は何もしなくていいわけ。だって、地元が地元に向かってPRしても意味がないから。

地味な印象があっても、栃木は観光資源はそこそこあるので、栃木でない人には楽しめる土地だと思う。しかも東京から日帰りの距離。

イメージとしては、ホモソーシャル的なものでなく、なんだかどうでもいいけど栃木を盛り上げてしまっているような活動にしたい。

ホモソになるとエネルギーは高そうでも、こだわりが強くなってすごく面倒な人が集まってしまったり、こうある「べき」なんて偏狭なことを言い出したりしてうまくいかないし、そもそも栃木がホモソではない土地柄なので合わない。

なので、わたしも栃木をガチでなんとかしたいなんていう主義主張でやるのではなく、

「やったらおもしろいんじゃね?」

という感覚でやる。なので、クソつまんない失敗も大歓迎で、堅苦しくない。ざっくばらん。

栃木はダサくて、そのダサさこそが逆説的に魅力なわけだから、洗練させたりはしない。そういう東京的なプロモーションをやってもうまくいかない。

ともかく、地元ナショナリズムがないから、わたしがいろいろやっても地元では支持されなくて盛り上がらないことは確定的で、だからいいのだと思う。

地元が熱くなると鬱陶しいから、よそ者が栃木を話題にする感じがいい。そして、地元は全然関心ないみたいな。

そのほうが県外からたくさんの人が来てもらえるだろうし、それで栃木県にお金が回っても恩着せがましくならないところが狙い目。

とはいえ、わたしもボランティアは絶対にやらないので、あくまでビジネスとしてやる。

ボランティアは長続きしないし、どこかで誰かに負担をかけてしまうので、ボランティアは悪どいものだとわたしは認識している。

そして、「いつでも辞められる」ことをやろうと思う。

いつでも諦めるではなく、いつでも辞められること。

銀座にいてわかったのは、辞められないものは面倒ということ。すなわち、「続ける」ことが目的になってしまうと良くない。

辞めることが大変なのは、いつしか「続ける」ことが目的化し、そのために金を工面したり、無理な企画をやろうとしたりする。

これはコロナ禍の飲食店や宿泊施設など典型的で、不動産契約ですぐに辞められなかったり、店を失いたくないから辞められなかったり、辞めたくても巨大な施設があるから辞めるために金がかかったりして辞められないとか。

だから、自分がつまんねーとか、こりゃ儲かんねーとか、そう思ったときに身軽に辞められるようにしたい。

つまんねーのに辞められない事情があるから無理に続けてつまんないことをやるのは辛いし、金は無駄になくなるし、本当に何も残らないから。

収益の見込みがないのに「続ける」ために借金をするとか、本当にコロナの影響でそういうところが多くなったとは思うけれど、コロナに関係なく、辞めにくいものはやらないほうがいい。

だから、これからやるプロジェクトも辞めることに負担がないようにしたい。

ただし、これはやる気がイマイチとかでなく、合理的に考えてやる意味がないと思ったら合理的に辞めるという意味。熱量は高いけど、辞められるっていう感じ。

こう思えるようになったのもわたしにプライドがなくなったから。プライドほど邪魔なものはないって今までいろいろやって心底わかったよ。

言ってみれば、日本的な無駄な精神論がなくなったってことかな。

大事なことは自分がおもしろいって感じられること。それがないとエネルギーも高まらないし、人を惹きつけることなんてできやしない。そしてお金も回らない。

というわけで、2021年はこんなことを考えてます。

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