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『失楽園』より『隣の女』

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結月でございます。

なんだか急にトリュフォーの『隣の女』が観たくなってしまった。

しかし、結月ビデオライブラリーで『隣の女』はDVDでなくVHS。これはテレビにVHSデッキを接続するところから始めなければならない。ずっとスマホでYouTubeなどだったため、栃木に引っ越してから一度もVHSを接続していなかった。

面倒だなと思いつつ接続し、ビデオライブラリーから『隣の女』を探すも数が膨大すぎてどこにしまったかわからなくなって、これまた面倒になって諦めてしまった。鍋に火をかけていたので、急いでいたという事情もある。

さて、『隣の女』はトリュフォーの中でも傑作だとわたしは思うけれど、それも古い映画でこんな作品、知っているひとなんてそういない。よほど映画に詳しくないとね。

若き日のジェラール・ドパルデュー、そしてトリュフォーの最後の愛人ファニー・アルダン。

ラストは性交しながら、隣の女であるマチルダ(ファニー・アルダン)が愛人のベルナール(ドパルデュー)のこめかみに拳銃を押し当て引き金を引き、そして自分のこめかみにも銃弾を打ち込む。

トリュフォーらしい愛の形。

そこで思い出したの日本映画史上最低作品『失楽園』。ちなみに同じく日本映画史上最低のクズ映画は『シン・ゴジラ』。(結月査定)

『失楽園』も古い映画、というか古臭い映画で、ラストは性交しながらシャトーマルゴーに毒を混ぜて、それをお互いに口に含ませ合いながら結合して死ぬという下品極まるもの。

いくら好きだからって、毒を飲み合うのは嘘くさいと思った。しかもシャトーマルゴーというのもアジアの田舎者という発想。バブル的で、品がない。

『失楽園』が心中であるのに対し、『隣の女』は殺人なんだよね。この差は大きい。

愛の苦しみで絶望的になった女が相手の男と交わり合いながら自分の肉体に男を感じたまま銃で撃ってしまうというのはわたしは理解できるのよね。極限まで精神が追い詰められたらするだろうなって。だから嘘くさく感じなかった。

あとは『失楽園』がただの不倫で、身勝手なだけなのに対し、『隣の女』はかつて悲劇的な別れをしてしまった男女が、偶然的に隣に引っ越してくることによって出会ってしまい、しかもお隣さんになるという運命的な設定。

両者ともすでにそれぞれの夫婦として暮らしている。しかも満足な夫婦生活。しかし、運命によって隣人になってしまった。

再会さえしなければいつも通りの生活ができていたのに、隣人であることは避けられない。だから、トリュフォーの『隣の女』は不倫ではないわけ。清算しきれていなかった過去がぶり返す男女の結末。

交わりながら死ぬという結末は同じように見えても、『失楽園』と『隣の女』はもう雲泥の差。

さて、そんなトリュフォーのこともすっかりご無沙汰していた。なんだかまた観たくなってしまったのは、ちょっと最近デジタルすぎて、スピーディーすぎて、しっとりとしたいいものを観たくなったからかな、と思う。

『隣の女』は昔、リヨンのリュミエール映画博物館の劇場で観た。やっぱりああいうベタなフランスものはフランスで観たいね。

パリにも行きたいけど、今って出入国できるのかな? 

パリっ子がマスクしてるなんて気味が悪いから、コロナが落ち着いて、マスクのないパリに行きたいね。

日本はマスクフェチだから、コロナが落ち着いてもずっとマスクしてんじゃない? 「念のため」とか言いながらね。

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