結月でございます。
昨日は36℃。本日は31℃。
5℃違っただけで随分違うもので、でも暑い。まだまだ暑い。
そんな土日は保育園が休みであり、つまりはわたしに自由がない2連休。とは言いながら、3歳の愛娘も日々成長していて、コミュニケーションも深まり、楽しくなってきた。
昨日は宇都宮までバイオリンレッスンの顔合わせ。3歳児はこれからバイオリンを始めるのである。
ある程度のところまではわたしが教えようと思ったけれど、親子間レッスンはうまくいかない。お行儀良くしないし、言うことを聞かないからレッスンにならない。要するに仲が良すぎるのである。
もちろん、親子間でレッスンをしてプロ奏者になった例はあれど、それらはきっと子供にも容赦なくビシバシという具合なのかもしれない。
わたしはあまりそういう距離感を子供と持ちたくはないので、バイオリンは他人に教えてもらうことにした。
すると、わたしが教えたときとはまるで態度が異なり、借りて来た猫のようでもあり、お行儀がいい。初対面で緊張していたというのもあろう。
というわけで、プロにさせるとか、音大に行かせるとかは一切ない程度でバイオリンが弾けるようになるといいと思う。
音符を読むことはものすごく頭を使う作業であり、これは脳トレにも最適。
あとは上質な文化に小さい頃から触れさせて、ガサツで雑な人間にならないようにという思い。
これから練習を重ねて、バッハのドッペルコンチェルトを二人で弾ければわたしはもう大満足。
「あんた、ファースト弾いていいよ」
と、愛娘に言い、わたしはセカンドを弾こうじゃないか。
いやいや、交互に両方弾こう。
というわけで、うちの愛娘がドッペルコンチェルトを弾けるようになるまで、わたしはまだしばらくバイオリンの仕事をしよう。
だって、レッスンという仕事をやめてしまったら、わたしはもう本当にバイオリンを弾かない人間になるから。
ともかく、音楽に関しては将来の愛娘に託して、わたしはそこからフェードアウトしながら今までやったことがない新しいことの度合いを増やしていく。
なんてことを銀座にいるときから言っていて、まだしぶとくバイオリンの仕事をしている。
でも世の中にはニーズっていうものがあって、ニーズが本当になくなれば自然に仕事はなくなってしまう。
それはコロナ時代になり、いろんな分野で著しいスピードで進んでいることであり、そもそもコンサートを満足に開催できないご時世は演奏という仕事が多くの奏者からなくなっていて、仕事があっても客席には「チラホラ」しか客がいない状態だったりする。
苦し紛れにコンサートをネットでライブ配信などをするようになり、この習慣が定着するとますますコンサートという価値がなくなるわけで、そうやって時代は変わっていくんだなぁ。
さて、お盆前に点検に出していた愛車。整備工場の長い夏休みのため、10日間ほど代車の生活。
そして、今日、愛車は戻ってきた。
エンジンチェックランプが点灯していたのだけれど、テスターで調べるとどこも異常がないという結果に。どういう加減か、ランプが点いてしまったのだろう。
と、ずっとフォルクスワーゲン・ポロという非力なクルマだったから、愛車に戻ると、
「うおおぉ!これ、これ!この走り!」
なんて、その気持ちよさと上質感に再び惚れ直す。
愛娘も愛車のことが大好き、というより自分のクルマだと思っているから、明日からまたそれで保育園に行けることを喜んでいる。
そして、今日は宇都宮のこども科学館へ行ったりする。
夏休みの日曜だというのに、人は少なめ。
と、暑い、暑いと言っている間に秋が来て、そのうち今年も終わってしまう。
今年はいくつかのことを勉強して、これからの仕事に活かしたいと思っている。
コロナがすごく邪魔だけれど、それは言っても仕方がないし、なくならないものに不平を言っても時間の無駄というわけで、
「言い訳しないで、そういうもんとしてやっていこうよ」
と、思っているのです。