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家族は解散っていい考えだと思うけど、まだ受け入れられない?

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結月でございます。

2月。

1月はお正月だけでなく、京都や中国に行ったせいでなんだか何もしていない感が満載。

何もしてない感というのは、何かしているに違いないのにした気がしないという意味で、それは自分がやりたいことをやってないから。

京都だって中国だって、自分が行きたいという意志で行ったわけじゃないし、やっぱ他人の要望で過ごす時間というのは生きた実感がないよね。

それにそれによって何か有意義なものが得られたとかでもなく、素通りな感覚。要はおもしろくない。

それらは全部「家族」に関するものであり、家族というものにあまり重要性を感じていないわたしにとっては結構辛い時間だった。

家族っていうのは押し付けがましいものなんだよ。

いや、そうでないところもあるけど、他人に比べるとやはり押し付けがましい。

3歳の愛娘だって、無理難題を要求してくるものであるし、しかしよく考えれば、わたしだってそんな愛娘に、

「歯磨きしなさい!」

なんて言ってるのは彼女にとっては押し付けがましいものかもしれない。

人間関係というのはユルくて、テキトーな程度がいい。

好きなことやって、ほどほどなのがいい。

人間は全人格的にステキなわけがないから、そのいい部分だけ、都合よくってくらいがいいんだよね。

と、結美堂山ガール部と山登りに行く関係がベストだとアタシは思ってる。

山ガール部は、男体山に登りたいという突然のわたしの思いつきに付き合ってくれるラブなメンツ。

それだけでなく、山は危険が伴うので、ちょっとした覚悟もあるわけ。

というわけで、そろそろ山モードにしようと思う。

奥日光は4月くらいまでは山頂に雪があり、現実的に登るには5月からという具合。

しかし、山に登れる体づくりをしなければ到底登ることはできないから、数ヶ月前からそのモードになることが必要。

目標とする山を決め、気持ちを高めていく。

そして、もともと体力がないこの肉体をそこへ向けて鍛えていくプロセス。これが結構ゲーム感覚でおもしろい。

ハードなことなのにおもしろいんだな、これが。

ゲーム感覚だけど、スマホゲームだとリアルがない。ところが山はハードなリアルがあるわけで、ここがアダルトな楽しみでもある。

いやいや、アダルトでないかもしれない。

だって、山頂にたどり着いたところで金になるわけでもなく、わざわざキツいことをやろうとするなんてガキじゃないか。アダルトはそんなアホなことはしない。

ともかく、山を決めてそこへ向かうトレーニングとイマジネーションの日々となると、その数ヶ月間はとても生き生きとする。

山に関係ない時間を過ごしていても、心高ぶり、精神が健康になる。

山に登ればこの軟弱な体はボロボロになり、山登りしている最中なんかどうしてこんな苦しいことをやっているのだろうかと自問してしまうのにまた登りたくなる。

それはきっと山登りもしないで過ごしたり、他人の要望に生きるつまらなさとか、そんな時間よりもボロボロになっても山に挑んでいるときのほうが「生きて」る実感があるからなんだよね。

できる限り、自分の時間を自分の肉体でズシズシと感じられるのがいいよ。

愛娘が社会人になったら、すべての家族関係を解消するのがいいなって思う。愛娘だって他人としてね。

家族間のベタついた関係なんて、わたしはパスしたい。死ぬのだって一人でいいよ。

そうすれば今以上にもっともっと自由になれるんだろうな。

愛娘が大きくなるまではもちろん面倒看るけど、それ以降はお互いバラバラでいようよ。そのほうが愛娘にも負担がないしさ。

なんてことを考えてる。

家族解散が一番いい。

みんなが勝手に生きてるのがいいんじゃないかな。

でもさ、勝手に生きるって先進的な考えだよね。

きっと理解されない。

理解されないのが家族だったりするから面倒なんだよ。

家族関係をちゃんとするってことが大人なことなのかもしれないけど、大人を超えた先進的な生き方をしたいものだね。

でも、間違いなく家族の価値はなくなっていくよ、これから。

家族間も合理的に処理して、ドライに負担をなくすっていうのが当たり前の時代がくるよ、あと五十年くらいすれば。

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