結月です。
昨日は祝日で保育園が休みだったため、終日、2歳の愛娘と一緒。2歳児が寝てくれないとわたしはやりたいことができないので、MacBook Proを開くのも深夜から朝方。
そして、明日から土日でまた保育園は休み。
これはなかなか大変なことだけれど、この時期の子供がきっと一番可愛いに違いなく、そんな貴重な時間を過ごしていると思うと、多分自分の人生の中でもいい時間なのだと思う。
昨日はベビーカーを押してDVDショップへ行き、アンパンマンのDVDを買う。考えてみれば、愛娘のシャンシャンはアンパンマンとよく口にするけれど、映像では見たことがなかった。
そんなDVDを見せると大喜びで、わたしはアダルトにハイボールを飲んでいるのに見ているものはアンパンマンというシュールな風景。
そして、今日は保育園に連れていった後、結美堂でようやくMacBook Proに向かうも今度は猫が甘えてくる。
ターキッシュバンという珍しい猫のラッキーは、子猫の頃からわたしの指をしゃぶるのが好きで、布団で寝ているときもしゃぶりに来るし、パソコンデスクの前にいるときも膝の上に座り、わたしの指をずっとしゃぶる。
これだとキーボードが打てないから、その口から指を抜くと、
「ニャー!」
と言って、また指に食らいつく。
しょーがないから、しばらくしゃぶらせ、飽きるのを待つ。
ベッドで横になると他の猫もちゃんとやってきて、三匹がみんなわたしと一緒に寝ている。
マンションでは座椅子に座るわたしの膝の上に愛娘が座っているし、結美堂ではそれが猫になる。
これだけ甘えられると人徳なんじゃないかと思いながらも、やりたいことはそんなにやれないねー
だから、時間が空いたら短期集中でやり遂げるしかない。
でもさ、嫌われるよりは好かれるほうがいいよね。
だって顔見たら猫が逃げ出したり、幼児が泣き出したりなんかだとこれはちょっと哀しいよ。
大人には嫌われてもいいけどね。
だって、大人なんてクソな人間はいくらでもいて、そんな人間から好かれたっていいことないし、気が合わない人間と無理に付き合いたくない。
でも思えば、嫌いな人間なんて思いつかないなぁ。
もともと人付き合いが少ないし、自分で仕事していて、会社組織に属しているわけでないから、会う人間を事前に選択しているからかな。
それに他人を嫌いになってもいいことないし、そういう念ばかり持っていると人相が悪くなるしね。あとは嫌いな人間には興味がないから、嫌いな人間には出くわすことがないっていうのも言えるかも。
誰かに対して腹が立つことはあるけどね。でもそれで嫌いになるとはまた違う気がする。
だって腹が立つことは何かの理不尽を被ったときなんかだから、それは嫌いになるのではなく、解決させるべきものだから。解決すればもうそれでオッケー。
うん、やっぱ嫌いな人間って思いつかないわ。
つまんないなって思う人間はいるけどね。
でもそれもつまんないって自分で思ってるんだったら相手に興味がなくて会わないからやっぱどうでもいい。
反対に「好きだ!」っていう人間はたくさんいるね。いや、たくさんでもないか。でもいる。
思うに「好きだ!」っていう気持ちのほうが大事だよね。対象が人間でなくても、好きな気持ちがあるとエネルギーが出てくるしね。
なのに「嫌い!」な気持ちばかりで生きているひとって多い気がする。これも時代なのかな。
なんて言いつつ、観光地のレンタル着物とか成人式のクソ振袖とか、ああいうクオリティに関していい加減で、美しくないものはわたしは超絶嫌ってます。審美眼については譲れない。
でも人間に関しては、どーでもいいや。だってカンケーない他人だし。