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愛娘のイヤイヤ期を見てよみがえる記憶

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結月です。

ようやく動画の編集を始めたわたし。

編集といっても着付け動画だからそんなに面倒なことはやってません。ただ、あの動画を撮ったとき、愛娘から伝染された風邪が治った直後で、まだ咳がよく出ていた。

そのため途中で咳が出たり、のど飴を舐めながらであまりスムースに喋っていないから、編集でそんな余分をカットしたりというのがあったりします。

着付け動画に関しては、長襦袢から着物、そして名古屋帯、袋帯と一通りやってしまったので、

「もういいんじゃね?」

と思いつつも、一度見ただけで着付けなんてできるわけないし、もっと言えば動画で着付けはできるようにならないです。

なので、ちゃんと習いにきて、忘れたところを見直したり、補足する意味で着付け動画は使っていただければですね。

あとは同じ動画ばかり見ていたら飽きてくるだろうから、違った着物で着付けをしたりしてバリエーションがあったほうが退屈しないで見てもらえるかなと思ったり。

それも栃木の生活に慣れてからぼちぼちやりますが、こちらに移転してひと月半、慣れたって感じはないですね。

都会的な生き方しかしてこなかったし、田舎に住むのは熊本以来で、いやいや熊本のほうが立派な繁華街もあって今の場所とは比較になりません。

あとは2歳児の保育園送り迎えやご飯作ったり、食べさせたり、一緒に遊んだりと振り回されっぱなしだから、慣れるとか慣れない以前でしょう。

ちょうどイヤイヤ期というのに突入して、大好物のイチゴをあげなかったら大泣きしたりするのですが、栃木のフレッシュなイチゴを2歳から食べているので、イチゴに関しては舌が肥えることでしょう。

しかし、イチゴは高い。スーパーで売っているような安物でないからまた高い。

「ねえ、シャンシャン。イチゴ、イチゴって言うけど、これ、そんなバクバク食べるほど安いもんじゃないんだよ」

と言っても、2歳児はイチゴが食べたい。

「イチゴ」

という言葉はすっかり覚えてしまっている。

やはり人間は好きなものから覚えるものなんだなあと。

あとは動物の名前もよく覚えていて、随分ボキャブラリーも増えた。

ともかくイチゴがもらえなかったときは壮絶に泣いたりするのだけれど、そんな姿を見て自分が2歳くらいの頃、同じように泣いていたことを思い出した。

それは悲しいとか辛いとかでなく、理由なく泣いていた記憶だった。

足をジタバタさせて、その踵が畳に擦ったその感触、さらにその頃着ていた服の柄まで思い出した。

まるで記憶になかったことが突然思い返されて自分で驚く。

その時の母の言葉も思い出す。

泣くことのエネルギー。腹の底から声を出して泣いていた。何が嫌とかそんなんじゃない。きっかけは何かあったかもしれないけれど、嫌で泣いているわけではない。だからイヤイヤ期というのは間違ったネーミングかもしれない。

それは自我のビッグバンであり、爆発だった。

体全部を使って泣くシャンシャンを見て、完全に失われていた記憶がよみがえる。

実はこのところ、わたしは物忘れがひどくなっている。

老化という年齢ではないけれど、物をどこに置いたかなど瞬間的に忘れてしまうことが増えた。

さらにずっと親しんできたもの、映画のタイトルや監督や役者の名前、文学作品の作家の名、画家の名前、クラシックの指揮者、演奏者の名前、今まではズバズバと高回転で出てきたそれらの知識がまるで20年ぶりに訪れた街なみで迷うように、

「ええっと…」

なんて言いながら忘却の波に逆らうように思い出さなければ出てこない。

その代わり2歳の頃の記憶が新鮮によみがえり、新たな知識として加わっている。

さらに栃木に来て毎日保育園とクルマで行き来する風景。朝は益子や茂木方面に連なる山々の風景がすさまじく、空気が良ければ男体山や女峰山といった日光連山も見える。

夕刻になれば葉を一切失った枯れ木がキレのあるシルエットになり、それが毛細血管のように夜を伴ったグラデーションをバックに広がっている。

こんな風景は今まで見たことがない。

東京にいるときは毎日同じ風景だった。

きっと東京では風景に新しさがないから映画や文学、音楽などの知識が入るスペースがあったのだろう。

しかし今は見たことがなかった風景を毎日見ていて、それを吸収するためには頭の中に余白を作らなければならない。だからもう使わない知識は忘却されて行く。

わたしは今まで興味があったものに対して急速に興味を失っていて、その反面、触れたことがなかったものに興味が急増している。

2歳児の行動。栃木の山々。苺の新鮮さ。

もう書棚の本は、いや書棚ごと処分してしまってもいいかもしれない。

山とあるCDやVHS、ビデオカセットももう消化済みとして再生されないであろう物質になっている。

そうこうしているうちにもう保育園に迎えに行く時間がやって来た。

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