結月でございます。
明日は新しい元号が発表されるらしい。今年が平成何年なのかよく知らないわたしだけれど、元号は日本にはなくちゃならない大事なものと認識しています。
でも、わかりにくいから西暦だけにすべきという意見があったり、共産党もこんなこと言ってたりします。
でもね、これは勉強不足ですよ。日本の国の成り立ちは古事記から考えなくちゃ。
話せば長すぎるほど長くなるから言わないけど、元号を廃止するとかね、安直に言っちゃいけない。しかも、国民主権なんてつい最近の歴史的出来事でね、そんな浅いものを優先はするべきでないちゃんとした理由があるから。
と、新しい元号はちょっと楽しみにしつつも、昭和と平成がまるで異なる時代だったようにこれけら平成とは違う時代になるんだなってね。
まあ、ますます厳しい時代になるでしょう。
でもさ、昭和は戦争があったし、原爆まで落とされているし、遡れば大正だって明治だってひどいことはたくさんあったのだから、いつだって厳しいのかもしれない。
バブルがよかったなんて、わずか数年の出来事だし、それが崩壊してから今もまだジリ貧傾向は変わらずだしね。
経済的には希望はあまりなさそう。
とは言え、悪いことばかりでもなく、平成になって女性の地位向上は確かにあったと思う。
だって、昭和だと女なんか大企業のポストには就けなかったし、家庭では亭主関白が普通だったし、今みたいに女が男のことをこれだけボロクソに大っぴらに言えるのは時代が良くなったんですよ。
あと、平成と昭和の違いはやっぱりインターネットでしょう。これは間違いない。
平成はネットの誕生と普及の時代。まさしく人類史上の大革命だと思う。
とまあ、新しい元号の時代に期待はしてないけれど、隣で眠っている2歳の愛娘を見ていると、次の元号の時代をど真ん中で生きるんだなと知る。
わたしは平成をど真ん中で生きてきたけど、まだまだやりたいこともあるし、次の元号でも生き生きしていたいね。それに年齢的には平成をど真ん中に生きても、大したことやってないからね。だから、次の元号で頑張るよ。
さらにその次は、わたしは愛子様が天皇になるべきだと思うけれど、愛子様の元号に生きているか考えると、ギリまででないくらいに生きているだろう。
そのときは愛娘はアラフォーかな。
しかし、愛娘は西暦では2100年を見ることができそうで羨ましい。
わたしも2100年の世界を見てみたいけれど、さすがにこれは無理か。