結月でございます。
「低価格でいい品物」を作ろうと思ったら、本物の高級を知ってないと作れないものです。
上から下へ行くのはいいけれど、下から上には行けない。
自動車のことを生意気にもちょっと知るようになって、メルセデス・ベンツがなぜすごいのかがわかってきたんですよ。
それはSクラスという大統領を送迎できるような高級クラスがしっかりと定番にあって、それを確立させた上で、EクラスやCクラス、さらにはAクラスという小型車を作っているところ。
つまり、上をちゃんと極めた上で小型車を作るから、たとえ小さなAクラスでも安物にはなっていなくて、高級で高品質は保ててるんですよね。
ところが日本車ってその逆で、安物を作ってきた中でベンツを越えようと大型の高級車を作る。下から上を目指しているんです。だから、国産車の高級モデルって値段は高いけれど、芯からの高級感がどうも感じられないのでしょう。ベンツでいうSクラスのような絶対的なものがなく、絶対的なものを下から作ろうとしているからでしょう。
美味しいハイボールは元のウイスキーがしっかりしているのであって、ハイボールから上物のウイスキーはできません。
ですから、低価格なものでも品質がいい品物を作ろうと思えば、上を知っておかないとできないんです。
着物だって、本物の最上級を見て、最上級とはどういうものか、どういう仕事でできあがっているか、そうしたものを知った上で良質の小紋を扱える。
安物の着物やリサイクル着物ばかり商材にしていては、品質のことなどわかるわけはありません。
料理人もいい食材で優れた料理を食べることによって、最上の料理を作ることができる。食が貧しいと、いい料理は作ることはできません。
これは外国との物価格差を利用して、低価格でそこそこの品物を作るのとも違うんですよ。
やっぱり文化でしょうね。
本当に最上級のものは、どんなジャンルでも文化が裏付けとしてしっかりとある。
日本の高級車がいまいち高級に感じられないのは、文化が乏しいからかもしれません。
そして、背負っているものの大きさ。
安物と違って、最上級の品物はそのクオリティを保つために不断の努力が必要。それを怠れば不具合が出たりして、一気に信用を失ってしまう。
安物はどうせ安いものだからと、逃げることができる。
そこが大きな違いなのではないでしょうか。
上を知っていると、ジャッジが厳しくなる。安物の界隈では許されるものでも、上を知っていると判断基準が高くなるから許すことができない。
そこが安心と信用につながる。
できるだけいいものに接することなんでしょうね。
そうすれば、嘘を見抜くことができるようになりますから。