結月美妃.com

結美堂の結月美妃公式ブログ

【スポンサーリンク】

雨の男体山を途中下山

【スポンサーリンク】

結月です。

この間の土曜日は、結美堂山ガール部として男体山を目指したというのに、すごい大雨で、神がかり的雨女の称号を持つわたしの実力を存分に発揮してしまった。

しかし、どうしてわたしがテンション高まると雨が降るのかな?

今回は山ガール部創立の根拠とも言える男体山にいよいよみんなで登れると思ったというのに雨。それも本格的な雨。

男体山の頂上でみんなで感動に身を震わせた集合写真を撮れると日程が決まったときから高まっていた興奮は雨に流されてしまった。

一応、男体山まで行き、朝七時に入山。しかし片道30分で下山が怖いということで中断。

雨に濡れた木の根はよく滑るので、上りは良くても下りが怖い。

あの天候でもわたしたち以外に5組が登っていて、下山途中にも一人すれ違った。

九州から来ているという人もいて、さすがに九州から予定を組んでいたら登らないわけにはいかない。

さて、朝の8時半に二荒山神社に戻っても、ホテルのチェックインは午後3時だし、どうやって時間を潰すかが問題。

思いついたのが、徒歩で戦場ヶ原まで行き、戦場ヶ原から湯の湖あたりまで歩けば、ちょうど夕刻になる。だから雨のピクニックさながらに戦場ヶ原までアスファルトを歩き始めるも、

「超〜おもしろくないんだけど!」

と、ただの道を歩くのって、雨の山を登るより精神的にハード。なぜなら退屈すぎるからで、さらに山頂という感動的な目標もなく、危険もないから神経も使わない。

これはまるで大人になっているのに、今更ひらがなを練習させられるようなものなのである。

とりあえず竜頭ノ滝まで行き、水量が多い滝を見て、

「早くホテルに行って、昼から宴会やる?」

というプランに変更。

それでも往復3時間を歩き、ホテルのランチでビフテキを食べながらハイボールを飲む。

いやでもね、3時間歩いたといっても、ハイボールは身に染みないね。山モードのトレーニングをしてきたから平地のアスファルトを歩いたくらいじゃ、どうってことない。

それに達成感がないものだから、美酒にはならん。

昼のハイボールを飲んだ後は、ホテルの部屋の準備ができるまで3階ロビーで休む。というか、朝が早かったから寝た。

それでもって、部屋に入り、温泉に入る。

これまた山登りしていない体は温泉に入っても何とも感じず、むしろ無念さが湯気に混ざる。

そして夜の宴会に突入し、またハイボールを飲む。みんなと一緒だから楽しいは楽しんだけどさ、

「こんなことのためだけにここに来たんじゃないよね!」

と、あり余る体力と賞味期限が切れたやる気が澱み出して腐臭を放ってくる。

男体山はハードな山だから、晴れていても登り切るには大変な思いをする。しかし、その壮絶な大変さが感動を生み出すのであり、山に限らずすべての感動は過酷が原材料になっている。

大変な思いをしてやっと得た感動。そういう意味では、チケットを買ってコンサートホールに座って演奏に感動したっていうのは、受け身であり、本当の感動ではないのかもしれない。

感動とは能動的であるべきで、自らの肉体と精神の酷使の果てもあるもので、それを得ることによって人間は凄まじく成長する。

だから、そういった経験があればあるほど、人間は魅力的になる。

しかし、天候による中断は、挑戦そのものができないから歯がゆい思いをしなければならない。

もし天候に恵まれて、自分の体力的に登り切ることができなかったならば自分の実力を知り、さあ、今度はもっと頑張るぞと前向きになれる。初めての奥日光登山の社山で、あまりにキツくて下山したときは、自分の情けなさを噛みしめてもやり場のない歯がゆさを感じることはなかった。

とはいえ、こればかりは仕方がない。天候という自然現象はどうにもならない。

なんて言いつつも、神がかり的な雨パワーの自分の体質も恨む。

「みんな、ごめん! アタシのせいだわ!」

この悔しさと歯がゆさを燃料にして、必ず男体山にみんなで登り切ろう。そしたら一度で成功するよりももっと大きな感動があるだろう。

今日も愛娘を保育園に送ると、いつものチャリエクササイズでロードワークに出た。

次に男体山へ行く日程はまだ決まってない。平日組で近いうちに行くかもしれないし、暑さを避けて9月になるかもしれない。もしくは単独でいきなり行くかもしれない。

まったく先のことは未定だけれど、いつでも行けるようにコンディションは作っておきたい。だから、サボることは考えられなかった。

天候によって登れなかったのは「残念さ」ではない。この気持ちは何だろうと考えてみる。どんな言葉が一番それに近いのだろうと考えてみる。

そうすると言葉とは実に雑なもので、人間の内面を表現するには大雑把すぎる。

どんなに言葉を重ねても人間の心を表し切れないから、これでもか、これでもかと果敢に挑む、きっとそれが文学なのだろう。

そして、今の気持ちを表すに最も近い一つの言葉は、

「憂鬱」

だとわかった。

とてつもなく憂鬱なんだ。

不機嫌なのではなく、憂鬱。

この憂鬱をなくすには、登るしかない。

本当は泥まみれになっても、滑落しても登りたい自分がいる。

見たことがないものを見てみたい。得たことのない感動を得てみたい。

それは事業も同じなのかもしれない。

サラリーマンじゃないから、いつもリスクの中で生きてきた。でもリスクに体当たりすることで感動を得てきたし、むしろ無難なことをやっていたら何の成果もあげられてはいなかった。だから、銀座にいた頃からずっと憂鬱だったじゃないか。

でも、銀座の時はひとりだった。しかし今は山ガール部のみんながいる。部員のみんなは銀座のときから来てくれていた人ばかりだ。

銀座での事業が今、こんなにすばらしいものを生み出している。

憂鬱を憂鬱のままにしておくと得られないものないが、憂鬱を克服すると得られるものがある。

男体山はなくなりはしない。そもそも一度、雨に降られたくらいで山がどうにかなるわけじゃない。

この数ヶ月以内には山ガール部で登頂を成功させよう。

そして、次の目標は日光白根山ということになりそうなのだから。

でも、山頂で食べるつもりでいたおにぎりを今朝、家で食べたときは空しかったね。

【スポンサーリンク】