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お役御免となってから死ぬ。

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結月です。

今のところ70日で9kgほどの減量。現在、マイナス10kgを目指して進行中。

減量はどこまで深海に戻れるかという気分に似ている。少しずつ少しずつ深海へ向かい、次第に陽光が届かなくなってくるとここまで来たかと思う。マイナス3kg程度ではまだ陽の光がある深さで10kgを越すといよいよ深海に入り始めるという具合。

わたしの場合はあと8kg程度落とせば到達としていて、そこまで行けばかなり遠くまで来たという気持ちになりそう。

17年前くらいに4ヶ月弱で24kg落としたときは美味礼讃生活の毎日で人生最大級の重量になってしまっていたからマイナス24kg地点というのはマリアナ海溝くらいに感じたのである。

そして今年の1月までに人生2番目の重量になっていたから、人生2度目の大きな減量となった。しかしこの航行はまだ道のりは長く、到達まであと2ヶ月はかかる予測。

やはり17年前より基礎代謝が落ちていることは実感していて、一日500kcalほどは低下している。あとやはり田舎暮らしで電車などに乗らず、東京のように街を歩かないことが大きい。

さて。

今日は京都の着物の業者さんから久しぶりに電話を頂いた。

「なんかええ話、ありませんやろか?」

とのことで、コロナも明けてやっと商売できるということだろう。

数年振りであったので積もる話をして、わたしも来年のコンサートに合わせて着物のこともやろうと思っていたのでちょうどよかった。

そのついでに同じく京都の京友禅の染め屋に電話。コロナの最中に電話したが、2年ぶりくらいであろうか。

まあなんとかやっているという話で、でも職人が高齢化して工房も人が少なくなり、かといってコロナで商売あがったりな状態で人も雇えず仕舞いでなんてことを話す。ただ、着物の産地はコロナに関係なく若い職人を育成できる状態でなかったので、業界がこうなることはわたしはずっと前から言っていた。いよいよそれが現実になってきた具合で、さあ京友禅もいつまで作られるのかな…とカウントダウンに入った気もする。

ちなみに同じような予測はクラシック音楽界にも随分前からしていて、10年以内に公演が成り立たなくなるプロオケが続々と出てきて、公演数はある時点で一気に少なくなるのではないか。

そうやって時間は着実に進行していて、世の中は変化していくわけであるが、自分も着実に老いてはいるわけでそれは基礎代謝の低下でリアルに感じている。

幸い、頭のほうはそんなに古くなっている気はしていなくて、なぜなら予防医療を本格的に仕事としてやってみようと思っているからで、自分がやったことがない未体験ゾーンに入ることで頭は新鮮になる。知らないことばかりだから小学1年生である。音楽のことは大学院卒くらいはわかっていても、医療に関しては小学1年生であるわたし。

と、うちの愛娘は明日が小学校の入学式で、すでに小学校には学童保育で通ってはいたもののいよいよ明日から正式に小学生である。

東京から来た頃は言葉も話さないほど小さかったのに今や小学生なのだから、こちらも年を取るわけだ。

しかし、頭はフレッシュなわたしは予防医療の企画を考えるのが楽しくて、今日も初めてコンタクトを取った業者さんと電話で話したりしていた。

すると、明日の入学式で必要な書類があることを今日の晩に思い出し、慌てて記入し、住民票はマイナンバーカードでコンビニに取りに行ったりとバタバタである。

おまけに制服のサイズが成長を見込んでやや大きなサイズだからスカートを少し縫い上げなければならない。さらに6歳児を風呂にも入れてやる。

結局、スカートの縫い上げ完了の時刻は23:40で、やっと6歳児を寝かしつける。

と、小さい子供がいると毎日がバタバタなのであるが、そのおかげで老けない。一般的な社会人なら定年退職を見据えて軟着陸を考えそうな年頃なのにわたしは6歳児に追い立てられ、夜遅くに制服のスカートを縫い上げ、生活習慣病になりそうな人をならずに済むように活動しようとしている。まるでやっていることは20代半ばという感じで、最近ではわたしより若い知り合いのほうが変化もなく老けているとさえ思う。

この調子で愛娘が大学に入る12年先までと考えると、それはそれで茫然となってしまうのであるが、無我夢中でやりたいことをやっていると12年なんてあっという間に過ぎてしまうに違いない。

そうやっていつの間にか死んでしまっているのがよろしいかと思うも、自分がどのような死因で死ぬのかは興味がある。

予防医療の知識も少しは身につけ、それを実践することで生活習慣病を発端にした病気になることはなさそうだけれど、いずれ人は死ぬ。すべての人に何か死因が最後に訪れる。

それが何なのか予測はつかないにせよ、予測することが楽しくて仕方がない。

たとえ予測外れだとしても自分の死は自分だけのものであり、その死の瞬間に自分のすべての生きた軌跡が決算されるのだからめでたいものだ。

その決算ができるだけいい内容であるよう、やりたいことやって、願わくばその行為が誰かの命を救うこととなり、もしくは音楽的感動を提供できたりと考える。そして、愛娘がひとりでちゃんと食っていけるように導いていく。

お役御免となったときに死ねればよろしい。

でもお役御免となる前に死ぬのはよろしくないから、自分にも予防医療を徹底し、他人にも予防医療を啓蒙しようと思うのである。

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