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昔を振り返るのはレジャー

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結月です。

BSで映画『レッド・オクトーバーを追え!』がやっていたので、6歳の愛娘とソファに並んで観ていた。6歳児には難しい内容で説明を求められるも、東西冷戦など物語を理解する基礎知識は6歳にはないから説明しようがない。それでも最後まで観たのであるが、映画としては中途半端であまりおもしろくはなかった。

実はわたしは劇場公開されたときに映画館ですでに観ている。1990年のことで、当時はちょっと話題になった映画で、原子力潜水艦が海面上に飛び出してくるシーンで知られていた。

京都の三条にある新京極の映画館に父と観に行って、映画を観終わったあとはその近くにある中華料理店ハマムラで食事をした。

当時の印象もそんなにすごい映画でもなかったという印象で、今観ても同じ印象であったから映画としては金はかかっているわりに中途半端な映画だなと説明できる。

あの頃は東西冷戦だったから、それをテーマにしたアメリカ映画が作られていて『トップガン』もそのひとつ。あとは『ランボー2』など。

『レッド・オクトーバーを追え!』は潜水艦ごと乗っ取って亡命するというのはいくら冷戦であっても無理があるし、ソ連の潜水艦との駆け引きも単純でそれほどハラハラするわけもなく、アメリカに到着してしまうというオチ。また、ソ連の潜水艦なのにみんなが英語というのもしょーがないのはわかっちゃいても萎える。

やはり潜水艦映画と言えば『Uボート』が傑作すぎる。

テレビでも繰り返し放映されていたが、数年前、この映画の完全版を観て改めて感動したのである。カットされていたシーンもたくさんあったから知らない場面にも興奮したし、映画を観ながら文字通り手に汗握る。3時間半もある超大作。

さて、33年前に京都の劇場で観た映画を今更観たりする。今日は日曜であるが、出かける先も思いつかず、結局6歳児と家の中にいたため、退屈すぎて何かないかしらん?とYahoo!のテレビ情報を見たら『レッド・オクトーバーを追え!』を見つけたのである。

ともかく、33年前のあまりおもしろくない印象があったから観る気もしなかったが、あまりに退屈すぎて15分遅れでテレビをつけた。

しかし、6歳児と違うのは6歳児はこれから体験することのほとんどすべてが未体験で新しいことばかりであるのに対し、わたしは人生折り返しを過ぎて昔のことを振り返っている。

33年前の映画も脳ミソには情報として記憶されていて、昔を振り返る気分で映画を観る。

大人買いという買い物の仕方があるが、それも自分の過去を振り返り、取り戻すようなもので、子供の頃は経済的に買えなかったものを大人になって精算する意味合いがある。

中学生の頃、わたしが藤谷美和子が好きで、ああいう顔が好きだった。今でもああいう顔は好きだとは思う。

藤谷美和子はプッツンすぎて、なんだかよくわからない落ちぶれ方をしてしまったが、そういうプッツンも魅力とも言える。

当時、中学校の近くの商店街にあった小さな書店で藤谷美和子の写真集があった。わたしはそれを立ち読みし、

「ほしいな… この写真集…」

と思って、金がなかったので母にせびった気もしなくはないが、よく憶えていない。ともかく、買おうと決意し、書店に行ったら写真集は誰かが買ってなくなっていた。

その喪失感はずっとあったが、時代はネットで検索できるようになり、忘れていた過去の記憶も画像で見ることができる。検索すると写真集はあり、その表紙を見ておぼろげだった記憶は明確になり、

「そうそう、この表紙だ」

と、懐かしくなる。

それがヤフオクで安かったので買ってしまった。悲願達成である。過去に欠けていたものを埋め合わせることができた。

写真集のページをめくると、立ち読みしたときに見ていた写真も思い出してくる。そこには昭和ならではの水着姿で、今のような西洋化した肉体でなく、大和体型の藤谷美和子がいて、むしろそれはとてつもなく色っぽかった。

藤谷美和子が好きになったきっかけは確か映画『海燕ジョーの奇跡』だったと思う。映画の内容はあまり憶えていないが、断片を思い返すと80年代ならではで、あの頃の滅茶苦茶ぶりは日本に活気があった。

とまあ、昔のことを振り返っているようじゃいけないのだけれど、ネットやYouTubeでいつでも振り返られるようになってちょっとした快感でもある。

ただそれは80年代が楽しかったという記憶があって、とにかく楽しかった。ところが今は日本がそんな元気はないし、コンプライアンスはうるさいし、コロナもあったし、今の時期の子供は時代的に楽しいという感覚はないはずだから、大人になって振り返って快感なものはあるのかな?とも思う。

特に学校でマスクさせられて、給食は黙って食えと強要されてそれが普通になった3年間を過ごした小学生や中学生はわたしの80年代とはまるで違っていて、いまだにマスクをしている子供を見ると気の毒に思う。

そう考えると、今になって藤谷美和子の写真集なんて買っちゃってるわたしは幸せ者で、暇なときに振り返られる過去があり、それは明るく、陽気で、自由で、イケイケだった。

いや、80年代は学校が荒れた時代で、中学校の窓ガラスが不良によって割られたりで、今のほうが平和だとも言える。しかし、今の平和はマスクに反旗を翻さない抑圧のものであって、80年代の不良は「ギザギザハートの子守唄」の精神でちっちゃな頃から悪ガキで15で不良と呼ばれた反骨があった。

おそらくわたしが今も社会に対して「おかしいんじゃね?」という気持ちを発端にして企画を考えたりするのは、そんな80年代スピリッツがあるからに違いない。そもそも事業とは世の中に問いかけるものであるから、世の中に従順では生まれないもので、常識を疑い、他人の目線は気にせず、価値は自分でクリエイトするものだというロックな魂が必要なのである。

しかしながら、同じ80年代を過ごした友達に複数会ってみると、そんなロックな魂はなく、しょぼくれていたりする奴もいたりして、やっぱりこれは時代ではなく、人それぞれということだろうか?

とは言え、コロナの中で世の中に従順であったマスク世代はおそらく弾けたことをやるような人は出てこないのではないかと予測する。

さて、昔の頃を振り返って心地よくなるのは束の間のレジャーとして、目線は未来で新しいことをやっていく。開拓できるのは過去ではなく、未来であるから。

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