結月です。
感動的であって、伝説的であったふたつのジェネオケ旗揚げ公演が終わり、その翌日は恒例の奥日光へ。
ほぼ一年かけた公演。毎度のことながら疲労でボロボロになるので、奥日光で温泉に入って過ごさないとわたしにとって公演は終わらない。
いつものホテルの温泉に浸かって、
「ああ…終わった…」
と、実感する。
露天風呂に移ると、夕刻の奥日光はもう暗く、宵の明星の下には葉のない木々の枝が夜空に鋭く血脈のように広がっている。
東京のコンサートホールでの慌ただしさのは対極にある風景を見て、公演が終わるのである。
頭の中では第九の第3楽章の美しさや第4楽章の壮大な歓喜のメロディがシーンを変えながら鳴り響き続き、そこに突如として神尾真由子の凄みたっぷりの、そして猛烈に豊かな彼女のロマンティシズムのバイオリンの音色が混入する。
主催者としては大変苦労した公演だったけれど、音楽としては最高のものを提供できて、訪れたお客さんにはどちらも大きな感動を与えられ、
「生きてることに、歓喜しよう」
を充分に体感してもらえた。
またジェネオケメンバーも最後の第九で感極まって涙を流しながら演奏していた奏者もしたという話も聞き、メンバーにとっても忘れられないものになったようである。
ホールを満たした感動の声を聞いて、旗揚げでいきなり第九を選んだことがよかったと思えた。
年末に大量消費される日本の第九に殴り込みをかけてやろうと思ったジェネオケの第九は年末行事なんかでない本物の音楽として成し遂げられたと実感した。
ともかく2公演を終え、次のジェネオケを考えるためにもわたしのボロボロ状態を回復させたいが、1週間はかかりそうである。
去年もそうであったかは憶えていない。
しかし、いつまでもグロッキーではいられず、これから公演の事後処理としてたくさんの事務仕事をやらねばならない。請求書は続々と到着し、開封も追いつかず、散乱し尽くした大きなテーブルを少しずつ整理しながら本当の意味での公演を終わらせる。
さて、奥日光は雪だった。
例年より早いらしい。
まもなく6歳になる愛娘はホテルからソリを借り、雪遊びをした。
年越しをここで過ごしてもいいかもしれないとも思ったのである。