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大事な人のことを既読スルーはできない

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結月です。

さて、今日もジェネオケ旗揚げ公演の業務に追われた一日で、慣れないWebミーティングをやったり、広告の内容を決めてメールでやり取りしたり、などなど。

こうした業務で何よりも助かるのは、先方からの返事が早いこと。大体お付き合いしている方たちは返事を早く返してくれるのでスムーズにいく。

返事が極端に遅かったり、こちらから催促しないといけないようなのは本当に困るわけで、ビジネス感覚がある人であればいいが、そうでない場合も実はあるのである。

こちらは待つ間、ずっと足踏みで先へ進めず、その他の人が関わる場合はさらにそこへの返事も遅くなってしまうので、返事がルーズだったり、曖昧というのはよろしくない。

ゼロ回答も良くない事例で、やるのかやらないのかははっきりさせることが大事。やらないならやらないと言ってもらわないとこちらはやる可能性を含めて待つことになる。

断るのはマナー違反ではなく、返事をしっかりとしないことがマナー違反であって、そのあたりがちゃんとしていない人って思いのほか多いのではないか。

それは仕事の面だけでなく、知り合い同士のLINEのやり取りでもそうで、どうするのかはっきりさせない保留はしないほうがいい、とわたしは思う。

そうしてしまうと、回答なしの質問がそこに残ってしまって、時間が経った時、別の案件でLINEしようとすると気まずい雰囲気になる。

そうすると人の縁は切れることになりやすい。人を大事に思っているのなら、返事をして「終える」ことが大事なのである。

またLINEなどはいろんな人からひっきりなしに来る場合もあるから、すぐに反応して何かしらの返事をしておかないと忘れてしまう。とにかく、よこされたボールは持ったままにしないこと。

今、結論を出せない内容だったら、

「ちょっと待ってて」

という一言が意外と重要で、相手を不安にさせるような待たせ方はしないのがいい。

ともかく、ネットによって今は超スピード社会であるから、SNSというスピードツールを使うならスーピーディーに反応すること。その反応が遅いとだんだんその人に連絡するのが億劫になってきて、縁が切れる。

しかし思えば、SNSが浸透したのもまだそれほど時間は経っていない。20年前はLINEはなかった。だから、ネット的スピードの中でのマナーを構築できていない人もいるのだろう。

とはいえ、今日もメールも早く返事をもらえて仕事は滞ることはなかったし、わたしも早く返事したから相手の仕事を滞らせることはなかったと思う。

さて、今日は夜中に来月の熊本行きのための航空券やホテル、そしてレンタカーを予約した。こういう作業はスケジュールを想像しながらやらないといけないので、意外と時間がかかる。

スケジュールを考えていると、ふと大好きな先輩が大分にいることを思い出す。

医学部だったその先輩には学生時代はよく可愛がってもらい、今は大分で大きな病院を開業しているとネット検索で知る。

もう20年は会っていない。大学の勤務医をしているときに自宅に伺って会ったきりである。

熊本から大分は九州を真半分に横断するが、クルマで3時間くらいでいける。途中、阿蘇に立ち寄る予定だから、阿蘇からだと2時間ほどか。そんなに遠くない。

明日、病院に電話してみよう。予定が空いていれば大分まで行く。

と、本当に大好きな先輩だから会いたいのである。まさかわたしを忘れてるなんてことはないはず。きっと電話すると、

「おおぉ〜君か〜 元気にしとるかね〜」

と、あの明るい口調で言うに決まってる。

とにかくあんな楽しい人はなかなかいないが、医学部のエリートで、代々医者の家系で、医学部の人というのはこんなに頭がいいものかと驚いたものだ。同じ大学であるのに文学部の自分とはえらい違いだ。医学部の頭脳に比べれば文学部なんてクズである。そもそも偏差値が違う。

と、偏差値教育が悪く言われることもあるが、わたしが偏差値が高い医学部の先輩たちを見て、偏差値は人間の能力をわりに正確に言い当てていると思っている。

そして、偏差値が高い医学部の人たちはおもしろい人が多かった。やっぱり頭がいいとおもしろいのだろう。発想が抜きん出ているからだろうか。

と、文学部のクズとしては医学部の人には同じ大学の看板を持っていることに申し訳なく思う。大学のイメージは医学部の超優秀な学生によって率いられているに違いなく、文学部はそれに頼る虎の威を借る狐である。

というわけで熊本の音楽祭でケント・ナガノのモーツァルトとマーラーを聴いた翌日は朝から阿蘇に出かけ、願わくば大分まで行きたい。そして大好きな先輩に会ってそのまま熊本市内まで戻り、その夜は行きつけのフレンチレストランでディナー。いつものシャンペンをボトルで開ける。

そして、その翌日には仏文科の恩師に会うため大学へ行き、東京へ戻る。そして栃木までクルマを走らせる。

これは20年ほど前に熊本にあったものを取り戻す旅であり、熊本で会う人たちとこれから先も縁で繋がっていたいという思いである。

大事な人のことを既読スルーはできない。

そういえば、ケント・ナガノだってリヨンにいた頃以来なのであった。まさかその指揮を熊本で見られることになろうとは。

失われた時が戻ってきている。

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