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ジェネオケで今後やりたい曲

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結月でございます。

ジェネオケ旗揚げ公演のためのチケットをプレイガイドに登録する作業。なんていうのをここ数日やっていて、これが毎度のことながら大変に面倒で、神経を使い、疲労が蓄積するのである。

登録さえしてしまえばいいのだけれど、チケットトラブルがあってはいけないから、チェックにチェックを重ねてグッタリとする。

しかも今回は2公演であるから管理が倍になり、ちょっと疲弊気味。

今日もチケットぴあへ「第九」の登録をしているというのに間違えて会場を「紀尾井ホール」にしてしまっている。根本的なミスでさえしばらく気づかず、ハッとして、

「東京オペラシティコンサートホール…」

と入力し直して安心する。

そうだ、紀尾井ホールは昨日、イープラスにしていた作業だから混乱していた。ぴあにもイープラスにもそれぞれ両方出すものだからアカウントが4つある。しかも「第九」が東京オペラシティチケットセンターの分もあり、さらに結美堂販売分がある。

とまあ、おもしろくもなんともない、ただ神経を使って疲れるだけというこの作業。公演をするには必須であり、こういうのは誰かに日当でも払ってやってもらうのがいいが、座席の配分は売り上げに大きく影響するからそのあたりのことがわかってないとできない。それを説明して理解させることが手間であり、だったら数日で終わる作業なら自分でやろうとなるのである。

さて、そんな恒例の行事となった座席業務をやりつつ、それがいかに面倒で疲弊するかといえども、そもそも自分がやりたくて始めた公演であるし、しかも新規のオーケストラであるから未来性もあって納得してやれる。

そんな未来性を考えてみると、今後ジェネオケでやってみたい曲を夢想してみる。ジェネオケは10年は頑張ろうと思っている。でも10年以上やるかもしれないし、10年未満でやめるかもしれない。

それはわたしが「もう満足した!」と思ったらやめる。なぜなら、続けることを目的にしたくないから。続けることが目的になると無理が祟り、ろくなことにならない。

だからここまでと思ったら解散する。これはロックバンドの精神でジュディマリであり、チェッカーズであり、プリンセスプリンセスである。スタートと同時に解散がその先にある。

年老いて再結成というのはみっともないからやらない。

だからこそ「もう満足した!」とわたしだけでなく、メンバーもそう思えるようにやりたいことだけをやっちまう。やりたくないことはやらない。

それに10年後になれば、今は若手の奏者も中年になっていたり、今は全盛期を迎えようとしている奏者は年寄りに近くなっている。まあ、ジェネオケはメンバー固定でないからその都度フレッシュな奏者を集めればいいとはいえ、やはりずっと出てもらえる奏者も大事にしたいし、となると10年後はみんな10歳、年老いるわけだ。

うん、そう考えてもジェネオケは10年後には解散を目指す。なんて言いつつ、わたしが途中で面倒臭くなって、3年でやめたりして。

と、臨機応変、こだわらずというのがモットーないい加減さ。でも、音楽には真剣に取り組む。真面目になると弊害が出る部分に関してはフランクでユルくいく。なぜなら、思うに日本という国の特徴は、どーでもいいことに真面目に頑なになるところがあるから。それは一人でチャリに乗っていてマスクをしている人が普通に多い事実のようなものである。

と、今後10年でどんな曲がしたいかを夢想するのであった。思いつきで羅列してみると、

・リムスキー=コルサコフ「シェヘラザード」

・シベリウス「交響曲第1番」

・マーラー「交響曲第6番」

・リヒャルト・シュトラウス「ツァラトゥストラはかく語りき」

・チャイコフスキー「交響曲第5番」

・シベリウス「ヴァイオリン協奏曲」

・モーツァルト「ピアノ協奏曲第20番」

・ショスタコーヴィッチ「交響曲第7番レニングラード」

・ショスタコーヴィッチ「交響曲第8番」

・ショスタコーヴィッチ「交響曲第10番」

・ショスタコーヴィッチ「交響曲第12番1917年」

・ブラームス「交響曲第4番」

・シューベルト「未完成交響曲」

・シューベルト「グレイト」

・ベルリオーズ「幻想交響曲」

・フォーレ「レクイエム」

・チャイコフスキー「ピアノ協奏曲第1番」

・ハチャトゥリアン「ヴァイオリン協奏曲」

・サン=サーンス「交響曲第3番オルガン付き」

・ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」

・グリーグ「ホルベルク組曲」

・ガーシュウィン「ラプソディ・イン・ブルー」

・ニールセン「交響曲第4番不滅」

・シェーンベルク「ヴァイオリン協奏曲」

とまあ、こんなところだろうか。

と、数えてみると年に1回か2回の公演では10年で全部できないことに気づく。でも、全部やれるわけもないから諦める。

最も愛するモーツァルトはマロオケで交響曲は7つやったし、レクイエムまでやれたのでピアノ協奏曲第20番以外はもういいかな。

音楽史的にはワーグナーとブルックナーが抜け落ちているけど、この両者は、特にブルックナーはわたしは苦手で、何度聴いても好きになれない相性の悪さであるから除外。

ブルックナーが好きな人は熱烈なものがあるが、わたしにブルックナーの魅力を語っても100%理解しないので、説得させようとしても無理よ。

でも、これだけの曲の中で、絶対にやりたいなって思えるものは、

・シベリウス「ヴァイオリン協奏曲」

・シベリウス「交響曲第1番」

・マーラー「交響曲第6番」

・リムスキー=コルサコフ「シェヘラザード」

・モーツァルト「ピアノ協奏曲第20番」

・ショスタコーヴィッチ「交響曲第12番1917年」

・ブラームス「交響曲第4番」

・シューベルト「未完成交響曲」

・ベルリオーズ「幻想交響曲」

・フォーレ「レクイエム」

・チャイコフスキー「ピアノ協奏曲第1番」

・サン=サーンス「交響曲第3番オルガン付き」

・ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」

・グリーグ「ホルベルク組曲」

ってところだろうか。

マーラーの6番はやりたいね、絶対。いつかやるよ。でもこれはわたしが絶対条件として考えていることがあるから、それをクリアしないとやらない。でも人数が多すぎて金がかかる。採算的にどうするかが大問題。

シベリウスは交響曲第1番はあまり演奏機会がなく、2番とか5番がメジャー。わたしは2番と5番なんかより断然、1番が凄まじく好きだけど世間ではあまり見られない。どうしてだろうね?

「シェヘラザード」は人気な曲で、でもやっぱりおもしろいね、あの曲は。素敵な曲だと思う。

ショスタコーヴィッチは第10番と第12番がいいね。しかし、編成がデカくて金がかかるので実現化は難しい。それとショスタコはあまり客が入らない。

ブラームスはなんてたって4番。ブラームスの交響曲は全部いいけど、やっぱり4番がいいね。

ベルリオーズの「幻想交響曲」はぜひやりたい。いい曲だよ。それにベルリオーズの変態っぽいところが音楽に昇華されていてね。

フォーレの「レクイエム」はとてつもなく美しいね。でも客は入らないだろうなぁ。

サン=サーンスの第3番はこれまたいい曲だね。すごくいい曲だよ。最後はド派手にパイプオルガン鳴らしてジェネオケ管弦楽をマックスにしたいね。

ピアノ協奏曲はピアニストを誰にするかだね。正直、わたしは鍵盤楽器ってあまりわからない。国内のピアニストもほとんど知らないし、売れてるピアニストの音を聴いてもピンとこない。唯一、ピアニストで度肝を抜かれて、ゾッコンに惚れ込んだのはユジャ・ワン。彼女はド級だよ。ユジャ・ワンでやれたら死んでもいい。でも、彼女はニューヨークにいるし、そう簡単には日本に来れないだろうし、日本のツアーがあったとしても在京オケとの兼ね合いがあったりして面倒な手続きがある。

2016年に一度ユジャ・ワンのことは調べたんだけど、当時より今はさらに評価が高くなってギャラもこの6年で高騰してそう。でもたまらなくいいよ、彼女は。マックスレベルでたまらなく好きだって思えるソリストは神尾真由子とユジャ・ワンかな。それ以外は正直、それほど興味がない。すごい奏者は他にもいるのはわかるけど、自分自身がゾッコンになれるのは別の話だから。

やっぱりね、公演を主催するって、ゾッコンである奏者とやらないとコンサートに力が出ないよ。続けることを目的にしちゃいけないっていう理由もここにあって、続けようとすると妥協した奏者でやらなくてはならなくなる。これはいけない。それだったらやめたほうがいい。

でもね、他のプロオケみたいに公益財団法人なんかにするとやめられないでしょう? だからいわゆる「業務」っていう公演が出てきてしまう。定期演奏会とかなんでやらなきゃいけないってわたしなんか思うけど、続けなきゃならない組織はやらなきゃならないんだろうね。

まあ、続けることによって歴史はできるかもしれないけれど、わたしはそこには興味ない。解散前提のロックバンドのスピリッツだから。

さて、やりたい曲を列挙する夢想をしてみたけれど、結局はお金。お金がないとできない。採算が合わないものはできない。

オーケストラって必要経費とコンサートホールの収容人数とチケット代の採算がおかしいビジネスだから。だからどこのプロオケもチケット収益だけでやれてない。オケにもよるけれど、チケット収入が全体経費の半分を担っていたらいいほうじゃないかな。つまり、最初から赤字体質。

でもね、ジェネオケをやるにあたってわたしの信念がひとつだけある。それは寄付は募らないこと。

自分たちがやりたいことをやるのにお客さんから寄付を募るって最低だよ。寄付してもらわないと成立しないオーケストラなんてやめちまえ。

他人から寄付されるとそこに媚びなければならないし、頭が上がらなくなる。それに貧乏体質、乞食体質になる。すると音楽が貧しくなる。

それにほとんどのプロオーケストラは続けることが目的のひとつにあるからやめられない。1公演だけなら寄付で成り立たせるのもいいかもしれないが、存続させるための寄付となると穴の空いたバケツみたいなものでキリがない。いつまで寄付せにゃならんの?となる。

そんでもって音楽が社会貢献してますとかって、言い訳をする。いやいや、してないし。どうして音楽が社会に貢献するの? コンサートホールなんてサントリーでさえ満席にして2000人しか音楽を聴かせられない。それに対して社会には一体何人人がいる? どんな地方都市でも何百万人か人がいる。

社会貢献だから寄付みたいになると左翼的になってしまって、まずます貧しくなる。そこまでしないといけない組織だったら解散だよ、普通は。

だから、わたしは自分がやりたい音楽でお客さんから寄付を集めるなんてことはしない。そんなことするくらいならオケなんかやめる。

スポンサーというのもどうだろう? 頭が上がらないのは嫌だね。「おかげさまで」ってなると音楽がつまらなくなる。やっぱりさ、自分たちの音楽で偉そうにできないといけないよ。

もしスポンサーがつくなら、対等の関係で相手に対してきっちりとしたベネフィットを与えられることを確約すること。この公演でこっちも儲かったし、あんたも儲かったっていうのでないと音楽が自由でなくなる。

とまあ、そんな方針でいるのだけれど、基本構造として採算が合わないオーケストラは大変なんだよ。だから10年も続けられるかわからないね、と今更ながらに言ってみる。

10年できたらすごいんじゃないの? ほんとにそう思う。

とにかく始まったばかりだから、これからどうなるか未知の中を進むしかない。

でも、マーラーの6番はやりたいね。

あと、ユジャ・ワン。

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