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いつの間にかここまで来た。

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結月でございます。

今日の夜は5歳の愛娘が勉強でなくお絵描きをしたいというので神尾真由子のバッハ無伴奏パルティータをかける。

勉強のときに音楽があると集中できないけれど、お絵描きならいいだろう。

思えば、わたしが受験勉強をしていたときは、「ながら族」で音楽を聴きながらやっていた。ちょうどその頃、諏訪内晶子がチャイコフスキーコンクールで優勝した。その凱旋コンサートで確か大阪フェスティバルホールでリサイタルをやり、今回立ち上げる新規のプロオケ「ジェネオケ」でフルートパートを担ってくれるテレマン協会のフルーティスト森本英希を誘って聴きに行ったのを憶えている。曲はラヴェルのツィガーヌがメインだった。

青臭い高校生の二人は客席から諏訪内晶子を眺めていた。

その後、森本英希は関西にある芸大、音大すべてに合格する快挙を成し遂げ、京都市立芸大に進み、わたしは難波の大阪球場の近くにある大阪予備校に入り浪人生活が始まった。

今では南海ホークスが拠点としていた大阪球場もなくなり、大阪予備校は随分前に廃業でなくなった。

チャイコフスキーコンクールで優勝してからニューヨークに留学し、しばらく見なかった諏訪内晶子が活動を再開し、N響とブルッフの協奏曲をやったのをN響アワーで見てそれをカセットテープに録音した。

その演奏を大阪球場にあった場外馬券売り場で大勝ちして買ったウォークマンで受験勉強しながら聴いていた。

もちろん諏訪内だけでなく、ジュピターだったり、チャイコの5番であったり、ストラヴィンスキーのプルチネルラであったりいろいろだった。

今にして思うのは、勉強するのに音楽聴きながらやっているような奴は駄目で、ながら族の中途半端だから中途半端な成果しか出ない。

現代文の問題を読みながら、チャイコフスキー5番の第4楽章で、

「このオーボエのソロがたまんない…」

と、いちいちシビれているのだから勉強なんてできるわけがない。

そんな反省があるから、愛娘の勉強のときは音楽はかけない。

さて、諏訪内晶子はそのまま超一流のバイオリニストになり、森本英希は大阪シンフォニカのオーディションに一発合格でめでたくプロになり、わたしはダラダラしていた。

完全な脱落組で、東京に来たはいいがどん底まで堕ちた。今から思うと、人間のクズというのは当時のわたしのことを言うのだろう。

どん底状態は確実に2年は続いたが、いつから人間のクズから脱したかはわからない。今だってクズには変わりなく、ちょっとはマシになった程度かもしれない。でも、当時のような最悪最低でもないのは確かだから、今は良くなったように思う。

どん底状態の頃は音楽からは完全に離れていて、音楽なんてやる気もしなかったし、自分としてはもう終わった過去のものでしかなかった。しかし、いよいよ来月の家賃が払えそうにない状態になり、たまたま見つけた楽器店に履歴書を送ったら面接に来いと言われた。ゴミ箱で拾ったような薄汚いワイシャツと同じようなヨレヨレのネクタイをして面接に行ったら会長から「バイオリンを弾いてみろ」と言われた。

もう何年もバイオリンなんて弾いていなかったが、渡された楽器を調弦したらE線が切れた。

「このE線、古いです」

と、余計なことを言った。でもそれは嘘ではなく、こんなバイオリンを売り物にするのかと思えるほどボロボロの楽器だった。会長はスタッフに「他のバイオリンを渡しなさい」と言い、調弦をすると今度は切れなかった。チョロチョロと音階を弾き、ブルッフの冒頭を弾いた。受験勉強のときに諏訪内晶子で何度も聴いていたそれだった。

後日、郵便が届いて採用とあった。電話をしてみると、恐ろしく給料は安かった。でも、救われたと思った。だから会長は90歳くらいでまだ生きていると思うが、恩人である。人間的にはかなり性格がひどく、誰からも嫌われていたがわたしは会長のことは好きだった。

よくあんな人間のクズ状態のどん底を採用したものである。まあ、会長にとっては駄目なら捨てればいいという程度だったのであろうが、営業成績は良かったので可愛がられた。

音楽に関することに復帰し、少しずつどん底から抜け出たように思う。本当に少しずつである。

あれからうんざりするほどいろんなことがあったが、どういうわけが新規のプロオーケストラを立ち上げることになった。今年の思いつきである。昨年まで、いや今年の2月まではオーケストラを設立するなんて思いもよらなかった。

そして、ソリストとして神尾真由子が引き受けてくれた。これはものすごく感動的なことだった。

ケツの青い高校生が諏訪内晶子を客席から見ていた。年齢はさほど変わらないのに雲泥の差であった。そんな諏訪内晶子のチャイコフスキーコンクール優勝から17年後、神尾真由子が同じ賞を勝ち取った。

そんな世界的超ド級のバイオリニストと一緒に公演ができる。今も夢のようで、12月7日の公演日を終えるまではきっと現実だとは思えない。

いつの間にか、ここまで来たんだと思うときがある。

そして高校のときにまるでアイドルを見るように指を咥えて諏訪内晶子のリサイタルの客席で隣に座っていた森本英希が大植英次の「第九」で参加してくれる。

コンサートをプロデュースするようになって、いつかあいつと仕事ができればと思っていたが、ようやく叶えられる。

第九が終わったその晩、ゆっくりと二人で飲む。これまで電話で話すことはあったが、面と向かっては20年以上会っていない。

「ようやくここまで来れたな」

「せやな」

そんな会話から始まるだろう。

さて、諏訪内晶子もすごいが、わたしとしてはなんと言っても神尾真由子である。彼女はどんでもないバイオリニストだ。驚異的な才能。ド級のド級。超ド級。

彼女が演奏するバッハのパルティータをかけながらお絵描きをしていた5歳の愛娘は、シャコンヌの途中で眠ってしまった。

夜11時30分の出来事。

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