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ジェネオケは予測不能なことをやる。

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結月です。

さて、12月のふたつの公演のため、足踏み状態が次第に動き出しつつあって、

「さあ、やんなきゃね!」

と、気合がこみ上げてきたこの数日。

自分ができることはいくらでも自分で徹することができるけれど、他人に任せたり、外的な条件を揃えたりするのは自分の及ぶところでないからそういうところが整ってこないと気合というのは込み上がってこないものである。

公演に関しては、公演をやろうとして、どの曲をやりたいとか、どんな奏者でやりたいとか夢想を交えてイメージを膨らませるときは一番気合が込み上がる。

しかし、こんなのできたら最高だわ、とそのイメージを具現化するために動いてみるとなかなか思い通りに行かなかったり、得てして壁にぶつかるもので世の中そんなに甘くはないわな…とちょっとは落ち込んだり、憂鬱になったり、腹を立てたり、イラついたりといきなりネガティヴになったりする。

それでも必死に色々と試みたり、どうにかしようと動き回ったりすると少しずつ壁はクリアできてきて、もちろんそれは方向転換を迫られたりするわけだけれど、そのせいでむしろ当初よりいいアイデアが生まれたり、いい状態になったりする。

するとネガティヴさは憑物が取れたようになくなり、急にご機嫌になり、

「ご飯でも食べに行くか!」

と、何もわからない5歳の愛娘を誘って外食に出かけたりする。

一喜一憂であり、沈んだり浮かんだりと一定はしないものなのである。

物事は思い通りにならないことだけははっきりしていて、それはわかっちゃいても思い通りにならないと精神的にはキツい。それを解消しつつ、ため息をつきながら前に進んでいき、公演日を迎える。

公演日を無事に迎えられることが最大の安心で、メンバーがコロナになりやしないかだとか、会場に向かう電車がとまりやしないかだとか、心配すればキリがないのであり、それくらい公演というのは小さな奇跡が集まって成し遂げられるものなのだ。

とまあ、そうやって公演の準備を進めつつ、今回は紀尾井ホールで神尾真由子、東京オペラシティで大植英次という世界的な音楽家とやるから楽しみなのである。

しかもオーケストラはわたしが新設するもので、やりたいことを思う存分にできる。やはり自前であると自由なもので、そういうスタイルが合っている。

メンバーは着々と決まっていて、管楽器はほぼ確定し、弦楽器も半分以上は決まっている。

国内プロオケで活躍する奏者はもちろん、若くてフレッシュな奏者も集まってきた。

新設するJapan General Orchestra、略してジェネオケは若い世代中心で構成する。多くは20代から30代。まだまだ伸びしろがある奏者たちで未来への躍動がある。

そんなメンバーたちのプロフィールを見ると華やかなもので、日本にはこんなに優秀な演奏者が若手でたくさんいるのだとちょっと驚く。

そんな輝かしいプロフィールを持つメンバーたちと比較すると、

「アタシのプロフィールが一番クソ」

という事実が発覚する。

オーケストラ創設者で最高責任者であるくせにわたしは特筆すべきプロフィールがなく、言ってみればどこの馬の骨かもわからん人間である。

去年知り合った音楽之友社の女編集者からは、

「なんかよくわからない不思議な人」

と言われてしまい、わたしに連絡していいものか迷ったらしい。

「まあ、別にいいけど。そんなふうに見られるの、慣れてるから」

とは思うも、やっぱプロフィールってあったほうが楽、という社会的事実はよくわかる。

でもないものは仕方がない。実績といってもそんなにないし、昔話題になったショーンK、すなわちホラッチョ川上のように履歴を偽装する才能もない。

そんな怪しいわたしにこれだけの演奏者が付き合ってくれるなんて、みんないい奴すぎる。

と、ともかくジェネオケのメンバーは華やかなプロフィールを持ち、そこに記された通り楽器がメチャうまい人たちばかりなのである。

なんてことを言ってるのはプロオケとしてはわたしくらいじゃない?と思うフランクさで、だってプロオケって運営をしてる人っていうか組織がもっと硬派だよね。公益財団法人とかマジすげえ。

と思いつつ、わたしは公益財団法人なんかに興味がなく、音楽はそういうやり方でやるもんじゃないと思ってる。少なくとも新しいオケなら、そういうのは時代にそぐわない。

それに組織化すると人間関係が美しくなくなる。得てしてゴタゴタしてしまうものだし、わたしはみんなと楽しく音楽をやって、クオリティ的にも最高級でやりたいから人間関係は良好でいたい。

そのためには頻繁に合わないことが鉄則で、年に多くて2度、さあコンサートやるよって集まってゴージャスなサウンドを奏でる。そういうのがいい。

わたしも人間関係は苦手で、人間嫌いだし、人望がなさすぎてまとめる能力ゼロだし、人見知りだし、引きこもりだし、組織に所属することも組織を作ることも無理な人間なのである。

だからさ、お互い負担がないようにして、コンサートをやるときはいつも新鮮な気持ちでやろう。みんなでやりたい音楽やろう。そして公演が終わったら「また来年ね!」と別れよう。

公演に対しての当事者意識。これがあれば大丈夫。オファー受けたから当日弾くだけっていうのは駄目。この公演をひとりひとりが最高のものにしていくという当事者意識がないとね。

でもそんなことをわざわざ言う必要もないメンバーが集まっている。それにみんな若いし、やってやるぞ感が漲っている。

さて、どんな演奏になるのだろう? それが毎度の楽しみであるオケにしたい。聴く前から予想ができる演奏なんてつまらないからね。

そして、わたしが愛してやまない神尾真由子はどんな演奏をしてくれるだろうか。超ド級のバイオリニストだから神がかった演奏をしてくれるだろう。それが予測不能の領域だからおもしろい。

さらに大植英次は日本では手垢のついた第九という曲を新設オケでどんなサウンドを引き出してくれるだろうか。世界的巨匠が真っ新のオーケストラを式するとどんなことが起こるのだろう? これも予測不能である。

見たこともない、聞いたこともないことをやらないと時代は前に進まない。新しいものを構築するには予測不能をやることなのだ。

そして最も大事なのは、それをお客さんに伝えること。自分たちだけで熱くなるのではなく、お客さんに伝えようとする気持ちが大事。

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