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今日は公演チラシの写真撮影

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結月でございます。

ジェネオケ(Japan General Orchestra)の12月の公演に向けての準備は着々。というか、いろいろなことを待たなければならない時間を予定より長く過ごし、着々に進めたいが処理済みにならないと進めないからじっとしていることが多い。

お役所仕事の案件もあったりして足踏み状態を余儀なくされたり、と同時に今日はもう一つのお役所仕事でいい回答を得られて安心する。

とはいえ、チケット販売は7月中の予定であるから、座席の設定をこれからやる。

と、今日はジェネオケのコンサートマスター佐久間聡一の写真撮影のため東京のスタジオへ。ホームページだけでなく、チラシの裏面にもオケ紹介として使いたいからである。

コンサートマスターはオーケストラの顔であり、わたしはコンマスという職務に絶大な信頼を置いている。だから通常、オケの公演でコンマスの写真がわざわざ載せられているのはあまりないけれど、オーケストラの顔、オーケストラの最高責任者としてお客さんに知ってもらいたいからコンマスの写真を載せておきたい。

というわけで、オーケストラの顔を撮影しにいったのであるが、とてもいい写真が取れたのでチラシができるのを楽しみのしていてほしい。

カメラマンへのわたしからの要望は、

「余計なことをしないこと」

過剰な演出がどのジャンルにも溢れかえっている昨今、オーソドックスでスタンダード、それいてしっかりとしたものを望んだ。

演出をやりすぎることはかっこいいように見えてかっこよくない。それは時代が変わると途端に古臭くなる。しかしオーソドックスは古くはならない。

髪型で言えば、夜会巻き。

こういう「普通」が一番難しい。それができないからどこの美容院も盛りに盛ったヘアスタイルにする。でも、そういうのは仕事をした気になるだけでものすごくダサい。時代を超えない。10年後に見ると笑える。

というわけで、いかにも演出というのは避けた写真にしたのである。

カメラマンからわたしのチョイスが「コンサバ」な感じと言われたが、そうなのである。わたしはこう見えてコンサバなのである。

着物だって京友禅のしっかりとした訪問着が好きだし、だからこそ昨今の成人式にあるような振袖もどきは我慢ならない。

ちなみに着物のコンサバの極致は「色無地」である。柄もなくなって、地色一色にたどり着いた美しさ。色無地は最初から柄がないのではなく、もともとあった柄が引き算され尽くして地色だけになったと考えるべき。だからこそ、色無地は嫌らしさがない。

とまあ、そんな趣向でコンサートもやりたいのであって、もちろんステージでの衣装は男は燕尾服である。ありがちなノーネクタイで夏用のパジャマを黒にしたようなものはわたしは好まない。お客さんにしっかりと見せて、しっかりと聴いてもらうのだからステージにラフさは厳禁。

よくテレビでオーケストラの女性奏者がカラフルなドレスを着ていたりするが、ああいうのは最も嫌悪していて、ただチャラいだけ。音楽が軽くなる。しかも所詮、奏者は女優でないから、カラフルドレスははっきり言って田舎娘感が出てしまって見てられない。ああいうのは外見を見せることに卓越した人が着るべきで、日頃から音楽という内的表現を楽器で表現していて見せることに磨かれていない肉体にはチャラく見えるだけなのである。それ以前に主役は音楽なのだから、奏者はカラフルさで出しゃばらんでもよろしい。

と、運営のやり方や音楽界への考え方では奇抜であっても、音楽そのものにはコンサバなわたしなのである。

そう言えば、ジェネオケは優秀、かつ魅力的なメンバーが揃ってきているが、今のところ女性奏者は一人だけなことに気づく。残り枠で女性奏者が増えるかもしれないけれど、女も男もステージ衣装はコンサバでいく。

さて、月に2度、レッスンのために東京へ行っているとは言っても、それは駐車場から降りて徒歩30秒の距離を行き来するだけであるから、体は東京にあっても東京にいないのと変わりがない。

しかし、今日は渋谷を少しだけ歩いて、自分にゆかりのある場所に行ってみたりしたが、ビルが建て替えられていたりと風景は変わっていた。

それでも渋谷は懐かしいし、思い出もあるし、好きな街でしっくりと来る。

地下鉄銀座線に乗るとこれまたフィット感というか、自分がこっちにいるべき人間だよなと毎度のことながら栃木にいることが違和感となり、東京の雑踏の心地よさったらない。

地方から来た人が何かの拍子に、

「やっぱり田舎に帰ろうかと思いまして」

なんて話を聞くと、

「アホちゃう?」

と思うのであるが、結局のところ人間はスペックであり、どこの出身かは関係なくそのスペックが都会人であるかないかで決まる。その根本が田舎者だと東京にいくらいても心は田舎なのであって、多分出世せんよ。

とまあ、東京がしっくりくるわたしは東京の心地よさを栃木に来て何十倍も感じるわけで、願わくば週に三日くらいは東京にいたい。

しかし、愛娘の保育園もあるし、可愛い猫が3匹もいるし、三日どころか丸一日も東京に居れない。

今日だって朝、保育園に行き、そこから電車で渋谷まで行き、撮影を終えてすぐに電車に乗り込んで栃木に戻ったが、それでも保育園のお迎えにはギリギリ10分前であってわたしは自由の身でないのである。

とは言え、それも愛娘と愛猫という愛の付くものだから仕方がない。

さて、今日は渋谷駅の改札口の階段を上っただけで息が上がってしまった。やはり栃木の車生活で弱っている。東京はいるだけでとてもよく歩く街だから健康的なのである。東京にいたときは駅の階段なんかで息は上がらなかったのだから情けない話である。

渋谷駅の階段でこれなのに山登りはできるのだろうか? 今週は結美堂山ガール部の茶臼岳登山だというのに。

エアロバイクはしているが、1セット30分であるから時間的には短い。太腿の筋肉にはいいだろうが、心肺機能はあまり嫌えられていない気がする。これからはペダルを軽いモードにして回転数を上げて筋力から心肺機能へとシフトしよう。

体が鈍れば思考が鈍る。

そして公演を行うには、気力と体力。体力がないと気力が弱まる。

公演プロデュースに体力は要らないが、タフな気力が求められるのでそれを支える体力がないとたちまちメンタルがやられてしまうのである。

そんなことをどうしてやるのか?

それはきっと真剣になるものがないとつまらないからじゃないか。

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