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顔を見せられない人は信用しない。

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結月です。

コロナがあまり話題にならなくなって、ようやく政府がマスクはなくていい場面のことなど言い出した。

しかし、そもそもそんなことをお国から言われなくちゃできないってところに、

「馬鹿じゃね?」

と思うわけで、さらにマスクは外していいって言われてもできないうってところに、

「どうしようもなく馬鹿じゃね?」

なんて思うわたし。

言ってもらわないとできない。言われてもできないってどういうことなんだよ?というわけで、コロナがほとんどなくてもマスクをしているってことで、日本は感染症対策としてマスクをしていたのではなく、周囲がしているからという他人目線で生きているゆえってことが証明された。

さらに長いマスク生活で自分の素顔を見られるのが恥ずかしいなんてメンヘラも多数出てきて、まあ、そういうメンタルの人って搾取されて生きるしかないんだなと思う。

なぜなら、自分という個を見せられないのであれば、他人目線で他人を気にして他人の言われたことをやるしかないから。

あとはウイルスを科学的に判断できていないところも搾取対象。搾取するには何も考えない人間がよろしく、言われたことを素直に従う人間が最も使いやすい。

わたしみたいに、

「はぁ?マスク?どこにコロナがあるんってんだよ、バカ!」

なんて噛み付く人間は搾取対象としては非常にやりにくい人間で、日本では少数派でもフランスとかアメリカだとそおれがむしろ普通なんじゃないかと推測する。

これだけ感染リスクが下がっているのにマスクをし続けて顔を隠すというのは、人間関係としてどうなの?というフェーズに入っている。つまり、感染者がバリバリであったことは人間関係以前の問題だったのが、今は違ってきている。

学校なんか友達のフルフェイスを見たことがないとか、先生がどんな顔かわからないとかちょっとそれどうなの?と思う。感染数を見てもそこに感染者がいる確率はかなり低いし、おまけにワクチン接種も進んでいる。ワクチンは誰でも打てる環境になって、それでも打たないって人のことまで悪いけど社会は付き合ってられない。

とにかく顔というのはさまざまな情報が集まり、発信されている場所であるからここを3分の2を隠すというのでは得られる情報が少なすぎる。

となれば、詐欺もしやすいだろうし、万引きだってやりやすい。

仕事をする上ではお金のやり取りは発生する。他人に金を払う事例が出てくる。しかし、相手がどんな顔でどんな表情をするかわからないとちょっと契約しにくい。

そもそも顔を隠して平気でいるメンタルがヤバくて、それは詐欺師的でもあるし、自分の顔が恥ずかしくて見せられないという言い訳は、

「それって、自分のことしか考えてないからでしょ?」

というわけである。

他人のことを考えて自分をしっかりと見せる。それが恥ずかしくてできない。恥ずかしいというのは自分のことだけの概念であるから、あんた、自己中なんだよ。

とまあ、そういうのを精神が軟弱というのかもしれないけれど、そんな軟弱さでは社会は生きづらいし、助けてはくれない。結局、自分自身しか自分をどうにかできないのだから、自分の顔を見られたくないなんて言っていると自殺しちゃったり、引きこもりになったり、まあ大変だと思うよ。

思い出すのはわたしの中学生、高校生時代のことで、わたしは運動が極端にできないし、チームプレーに拒絶反応を示すほど苦手であるから体育の授業というのは憂鬱極まりない時間だった。

授業でバスケをやろうが、ハンドボールをやろうが、サッカーをやろうが、とにかくやりたくないし、下手だし、ルール知らないし、ボールが来てもどうしたらいいかわからないから体育の授業ではいつもコートの端っこで突っ立っているだけであった。

体育教師はしきりに叱咤の声を張り上げるのであるが、わたしはこちらにボールが来ないでほしいし、もし転がってきたらそこから立ち去っていた。

体育に関してはわたしは完全にメンヘラなのである。

それなのに中学3年のときは体育教師が担任になり、わたしは通信簿で5段階評価で体育が「1」をつけられてしまった。

暗黙の了解として「1」は理論としてあるだけで、実際にはどんなに悪くても「2」までという不文律があったのだが、あまりにわたしがひどいから「1」を食らってしまったのである。

とはいえ、心底から体育が嫌いだったし、「1」の評価でも仕方がないと自分でもよくわかっていたからなんとも思わなかった。そこの鈍感力だけはしっかりとしている。さらに私立進学で決めていたから、内申書なんてどうでもよかった。

と、ダメすぎるわたしの体育能力の話をしたのは、自分の顔を見せるのは恥ずかしいとマスクを外せないというメンタルは運動がダメで、体育はいつも憂鬱で、ボールが来てもスルーしていていたわたしと社会的には同じということ。

ボールが来ても何もしないわたしにはクラスのみんなはわたしにパスはしなくなったし、わたしのほうへボールがいくようなことも極力避けるようになった。そうなればチームが負けてしまうからである。要するに信用がないということだ。

しかし、体育の授業では体育が終わればいい。大学の一般教養で体育があり、それが終わって大学3年で専門課程に入り小学生の頃から続いていた体育の憂鬱から解放されたときは本当に嬉しかった。

でも、社会の中で自分を顔を見せないで済ませるというわけにはいかない。そんなメンタルだとずっとシカトされる。

こちらに来たボールはしっかりとパスしたり、シュートしたり、アタックしなければ信用されないのである。わたしみたいにボールが来ることが嫌だとか、来てほしくないなんて言っていては信用を得られない。

そんな奴には仕事を頼めないのである。

メンヘラだけでなく、感染対策と思って誰もいない閑静な場所や自転車を漕いでいるときにマスクをし続けているのも、要は科学的思考ができない馬鹿として扱われる。それがオッケーなのはやはり科学的な頭が求められない職場であったり、仕事であったりして、つまりは安い給料で労働環境も悪く、ブラックで、社会の底辺ということになる。そういう場所では例えば流作業で同じことをさせられたりするだけだから、頭の良さはいらない。

あとはマスクが要らないシーンでもマスクをしていると、他人目線で生きている人だとわかる。整理すると、

① メンヘラ

② 科学的な知性が培われていない

③ 他人の目を気にして生きている

ということであろうか。

こうなると、やはり搾取対象にしかなり得ない。

とにかく、自分の顔をちゃんと見せられないメンタルの人をわたしはちょっと信用できない。

でも、もし誰かをこき使うのであればずっとマスク着用のメンヘラを選ぶだろう。人を使い捨てにするのであれば、メンタルが弱いほうがいいから。ブラック企業の発想である。

とはいえ、わたしの仕事は誰かをこき使う内容でなく、自分ひとりでやっているから関係がない。でも、ブラック企業の経営者であるなら、マスクを外せないようなメンヘラを安くこき使うと考える。このことを知っておいた方がいい。AVに出演させられる女も得てしてメンヘラが多い。

ところで先日、宇都宮市内を歩いていた。大通りで人が多いわけでもない。前から歩いてくる女はそれなのにマスクをしていた。しかし、胸元が大きく開いた服を着て、おっぱいは半分近く見えている。

「お前さ、出すとこ、違うやろ」

と思ったよ。

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