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Japan General Orchestra というプロオーケストラを新設する。

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結月です。

さて、今年の3月くらいから準備を始めたプロジェクト、それは結美堂でプロオーケストラを新設すること。思えばまだ2ヶ月くらいしか経っていない。

Japan General Orchestra という名のプロオケで、略して「ジェネオケ」。

コンサートマスターはこの間まで広島交響楽団でコンマスを務めていた佐久間聡一。佐久間くんとは彼が桐朋の学生で新日本フィルの契約団員だった頃からの仲。わたしが銀座の三丁目でなく知る人ぞ知る五丁目にいたときからの間柄なのである。

わたしが初めてコンサートをプロデュースしたは川崎にある総合病院からのオファーで、弦楽四重奏をやった。その時に務めてくれたのが佐久間くんで、それからコンサートをやるようになり、彼にはたくさん演奏してもらった。

コンサートのプロデュースを生業にしようと思って生きていたわけでなく、いつの間にかそういうことをやったらおもしろいなと思ってやっていたらオーケストラを新設するところまで来た。

プロオケ新設の構想は長く練り込んだものでなく、一瞬のひらめきだった。コンマスは佐久間くんにやってもらおうと電話すると、ちょうど広島を今年の3月で退団し、フリーになるという。なんという運命だろうか。だったらしがらみなくジェネオケのコンマスをできるじゃないか。

ジェネオケのコンセプトは後から決まってくる。最初は自分のやりたい音楽をやりたいと考えていたら、

「そうだ、オケを作ればいいだけじゃん」

と思っただけで、コンセプトなんかない。しかし、コンセプトになり得るものはすでにわたしの中に不文律としてあって、クラシック音楽界はもっとこうだったらいいのではないかだとか、自分がこうやって生きたいだとか、根底にある生き様があるから自ずとコンセプトらしいものはできあがってくる。わたしはコンセプトは最初に決めるものでないと思っている。なぜなら、それを決めるとそれに縛られるから。臨機応変な対応ができない。だから、不文律であってもコアになる哲学があればよろしい。

とはいえ、構想のひらめきからもう2ヶ月も経ったから、今、雑誌のインタビューを受けてもかなりの話ができる。今のクラシック業界とはまるで違った考え方だから、話せばおもしろいと思う。

そして、ジェネオケの方針としては、できるだけ若い演奏者をメンバーとすること。新しいことをやるには若い世代がいい。考えも柔軟だし、瞬発力もある。どうしても年をとってしまうと過去の経験が積もり重なって、判断を過去に求めてしまう。生き方が古臭くなる。わたしたちは新しいことをやりたいのだから、過去を参考にする人は要らない。

メンバーは各パートのトップ奏者は決まっていて、電話やメールでやりとりしたりしていると、若さの純粋なやる気みたいなものが感じられてすごくいい。老舗オーケストラに入団してそこで学ぶことも大事だけれど、同時にそうでない新鮮な試みを若い時代にやったほうがいい。そうすれば今後、経験を重ねても古狸にはならない。だからジェネオケでの経験を今後に活かしてほしい。

さて、その旗揚げ公演はもう決まっている。これはかなりゴージャスで、新設するオーケストラでありながらド迫力な内容に仕上がった。

旗揚げ公演は2回、それぞれ別のものをやる。

まずは12月7日(水)にジェネオケの弦楽チームで紀尾井ホールにて行う。演目は、

コレルリ:合奏協奏曲第4番、第8番(クリスマス協奏曲)

ヴィヴァルディ:四季

ピアソラ:ブエノスアイレスの四季

ダブル四季に加え、実はずっとわたしがやりたかったコレルリの合奏協奏曲をオープニングにやる。このコレルリの名曲は音楽の純粋な美しさだけで作られたもので、音楽とは本来、こうありたい。

さて、ダブル四季であるけれど、そのソロを演奏するバイオリニストはわたしがぞっこんなほどに愛している神尾真由子。彼女はすごい。なんていうド級のバイオリニストだろう。誰もが認める世界的バイオリニストだけれど、わたしは神尾さんが世界一だと思う。あんな凄まじいバイオリニストが誕生すること自体が人類の奇跡である。

新規のオーケストラで、さらに一見すると怪しいに違いないわたしの願いを神尾さんは引き受けてくれた。OKをもらったときはものすごく嬉しかった。嬉しくて猫を抱きながら部屋の中を歩き回った。じっとしていられなかったのである。

ピアソラのブエノスアイレスの四季は神尾さん側が提案してくれた。そこにわたしはヴィヴァルディもお願いした。実はコレルリの独奏もお願いした。しかし、さすがにコレルリまでは体力的にきついということで、ダブル四季でお願いした。

なので、コレルリはジェネオケメンバーだけでやる。しかし思えば、そのほうがジェネオケの実力をオープニングで披露できるからよかったと思う。結果的にいいプログラムになった。

次に旗揚げ公演2回目はその5日後の12月12日(月)に東京オペラシティで行う。プログラムはベートーヴェンのエグモント序曲、そして第九。主催はNPO法人オーケストラ創造。

旗揚げ公演でいきなり第九をやる。

12月の第九は日本ではお馴染みの光景だが、あえて第九で勝負した。なぜなら、第九は日本の演奏者にとってはやりすぎた曲で、演奏が業務になりやすい。いわば鮮度がない。手垢まみれである。しかし、ジェネオケはこれが初めての公演で、メンバーたちも初顔合わせ。そんな鮮度があるうちでないと第九はありきたりになると思った。今後、ジェネオケが公演を重ねたあとで第九では、馴染みのメンバーだと気が緩む。だから、第九はやるなら旗揚げでしかない。

そして、指揮者は巨匠大植英次。コンマスの佐久間くんに指揮者は誰とやりたいかと訊くと、

「英次」

とのことだったから、

「そういうなら英次でいこう!」

と、大植英次さんにオファーした。彼は今、ドイツにいるらしいが12月12日、ジェネオケで第九を振る。どんな第九になるのか、想像できないほどで、想像できない大きな未知がある。

そして、合唱は昨年マロオケでもお世話になったプロ集団「東京オペラシンガーズ」。

わたしたちはプロだから、合唱にアマチュア市民のおじさんやおばさんは使わない。交響曲「合唱付き」なのに合唱に学生やアマチュアを使ってどうする? 

東京オペラシンガーズの声量はすごいから大満足以上の公演になる。

独唱はマロオケのモツレクでも出てくれたソリストに来てもらう。わたしは2回は公演を一緒にしないと親しくなれないと考えているから、もう一度彼らと一緒にやりたかったのである。

そして、コロナは落ち着きを見せているが、水際対策など何らかの理由で万が一、大植英次さんがドイツから来れなくなった場合、わたしたちジェネオケは指揮者なしで第九を敢行する。コンマスの佐久間くんにも東京オペラシンガーズにもそのことを言うと、

「できますよ」

との頼もしい返事だった。

とまあ、そんな公演を進めていて、よほどのことがない限り頓挫することはないだろう。この世は何があるかわからないが、できると思って進める。やれるだけのことをやって日々過ごす。

しかし、知名度ゼロからの出発で、集客は苦戦するに違いない。今まで集客が楽だったことなど一度もないが、評判がないのだからこれからたくさんの人に存在を知ってもらわなければならない。そのための企画を今後考える。

音楽は聴いてもらってナンボ。

これはわたしの信念で、いくらいい演奏でも聴いてもらえないものは存在がないに等しい。だからわたしたちはこれから自分たちの存在を築き上げていく。それはとてつもなく苦労することだけれど、もともと在るものに乗っかるようなことよりずっとやりがいがある。

いきなりは成功しないかもしれない。存在はそう簡単に仕上がるものでないから。

しかし、新しいことを始めるのはそういうことなのである。ゼロを1にするのはそういうことなのである。

そして、新設の得体の知れないオーケストラなのに神尾真由子さん、大植英次さんが来てくれる。わたしはそのことにすごく感謝していて、この恩はあの世でも忘れない。

またジェネオケを新設しようとひらめいたのは、これまでのマロオケの経験があったゆえなのは間違いない。既存のオケのやり方でないマロオケ。それを3度もやらせてくれたマロさん。マロさんにはこのことは話していないが、マロさんのおかげでここまで来れたと思う。

わたしの夢はいつぞやにマロさんの身が自由になったら、マロさんをゲストコンサートマスターとしてジェネオケに迎え、デカいシンフォニーをやること。

楽しいことは未来にのみある。だからわたしは未来のことしか考えない。

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