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ドラゴン桜に触発される4歳児

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結月でございます。

朝、子供向け番組はやっていないかとテレビをつけるとドラゴン桜がやっていた。ドラゴン桜を見たことがなかったわたしは4歳児と並んで座って眺めるとちょっとおもしろい。テレビはすぐ消すタイプのわたしだけれど1分は超えても見たのは興味があった証拠。いよいよ消そうとすると、隣に座るまもなく5歳の愛娘はじっと見ている。真剣な表情である。

「おもしろいの、これ?」

と訊くと、

「うん」

と答える。

じゃあしょうがないとテレビは消さずに見ていると、確かになかなかおもしろい。でも、いつまでやるのかとスマホのテレビ欄で調べてみると、一挙放送ということで夕方の5時半までとなっているじゃないか。おいおい、まだ朝の10時にもなってない。こんなの、夕方までは見切れない。

と思いつつ、原作がおもしろいのだろうか、テレビドラマの安っぽさには慣れてくると話がおもしろい。

そして阿部寛のキャラがいい。これを見てサンドウィッチマンの刑事富澤はこれをパロディにしていたのかと知る。

あとは大学受験ネタというやつは共感してしまうのである。登場人物たちが必死に勉強する姿を見ると隣にいた4歳児は、

「これを見てたら、ベンキョーしたくなっちゃったよ!」

と、ドリルと鉛筆を引っ張り出してきて、テーブルで勉強を始めた。何やらひらがなで言葉や文章を書いている。

ふむふむ、なかなかいい兆候ではないか。桜木先生ほどではないが、わたしも勉強に関してはかなり誘導している。

「あのさ、勉強っていうのは楽しいからやるんだよ。それでもって勉強すればわからなかったこともわかるようになるから、また楽しんだよね」

と、4歳児に説いている。だから勉強は疲れたり、眠たくなったりした時点で終了。そんな状態で無理してやっても時間の無駄だし、楽しくないから。

受験勉強だって楽しいものだという視点があったらわたしももっと受験が楽しめた。そうでなかったから自身を反面教師にしている。

わたしの受験期はちょうどセンター試験の受験者数が過去最高レベルに多かった時代で、激戦だった。はっきり言って、今の少子化の時代とは厳しさが違う。

だから当時の受験はドラゴン桜のように勉強を自分の人生の意義につなげるような発想はなく、詰め込み式の単純なスパルタだった。楽しいわけがない。

しかし、今になってわかると受験科目のそれぞれはそれ自体は内容がとてもよく、それを理解して習得すれば生きる上でかなり役立つものばかりなのである。ところが合格を目指すだけの受験ではそうした視点が当時は皆無だった。

そうした反動からきっとドラゴン桜のような作品も生まれてきたのだろう。そして、今のわたしも愛娘には勉強は楽しいからやったほうが集中もでき、効率もよく、ストレスにもならず、そして学力が高くなるという指導をしている。

これはやはり会社勤務でなく、開業して自分でやることの経験、つまりオリジナリティを実現させるにはどうすればいいのか切磋琢磨せざる得ないことで学べたからだろうと思う。

そうすると、もっとちゃんと勉強しておけばよかったと些か後悔するわけで、とはいえそれがあるからこそ愛娘に伝授できるからよしとする。そうでなければ自分の受験経験を踏襲してしまう駄目親の典型になっただろうから。

とまあ、ドラゴン桜を結局最後まで全部見てしまって17時半。

最終話の合格発表ではちょっぴりジーンと来てしまって、やはり受験は合格するのはいいものだ。

わたしは大学が飛行機で行くような遠く離れた場所だったため、合学者の番号を見にいくのではなく郵送による通知であったけれど、封を開けて合格だったときは脱力して安堵した。受験勉強がこれで終わって、次のステップにいけるという安堵。

そういえば今年の9月に受験した国家資格、旅行業務取扱管理者の試験も合額通知が来たときは久しぶりに嬉しかった。短期間とはいえ、猛勉強はしたから結果が出ると嬉しいものなのである。

さて、ドラゴン桜を8時間くらいぶっ通しで見るとさすがに疲れる。こうなるとどこか外に出たくなるわけだが、田舎の夕方以降は遊びに行くようなところはない。

とりあえず4歳児とクルマに乗り、近辺をドライブしたりしながらレンタルのGEOに行く。愛娘はとりわけ見たいものがないというので、わたしは大好きな綾波レイちゃんを見るためにエヴァンゲリオンのテレビ版DVD8巻を全部借りた。

そして、4歳児とご飯を食べながら第1話から見る。しかし、ドラゴン桜でスタミナを消耗してしまい、DVD1枚で撃沈。

と、やることがない年末の典型的な過ごし方。

今日は大晦日でも実感はなし。まだまる4年しか生きていない愛娘に年の終わりの説明をしてもいまいち通じず、とにかく保育園がないのだからどうにか過ごすしかない。

しかし、銀座にいた頃の年末年始はひとりでお酒を飲むばかりだったから毎年体調が悪く、ヘパリーゼを飲む始末であったから、それを思うと今のほうが4歳児がいてくれる分、健全にはなっているように思う。

それに今日は外に出なかったので、金は使わず、低コスト。綾波レイちゃんのレンタル代だけである。

さて、大晦日。やることは決まっていないが、勉強をやる体質になると勉強は暇つぶしになる点がいい。やることなければ勉強でもするか。

思えば今年はマロオケ2021が大半を占めた年だった。4月末から企画立ち上げ、5月から実行、7月に開催決定。そして11月22日まで集客や準備。

公演が終わってやっと1ヶ月ちょっと。まだ1ヶ月かと改めて思うも、それはもうすでに遠い過去のように思えて処理済みの記憶になりつつある。

すべてことに始まりがあり、終わりがある。

そして、すべてのことは終わっていく。

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