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一日は有限

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結月でございます。

11月22日のマロオケ・レクイエム公演が決まってから何かと忙しい。というのは当たり前で、忙しくないとすれば企画が進んでいないってことになっちゃう。

今回は準備期間も短いので、特別忙しく感じる。

昨日までExcelで資料を作らなければならず、これには理解するのに数日かかったわけだが、それはひとえにわたしが表計算の類が得意でないから。多分合ってると思うけど、なんて感じで仕上げた。

しかし、以前なら表計算や数字の作業はイライラするほど苦手だったのに、今はそうではなく、結構冷静になってふむふむとやれる。

最近では税制についても興味が出てきて、大して使いもしないのに税制の本を買って勉強しようと思ったりしている。

税関係はずっと会計士さんにお願いしていたものの、ちゃんと会話が成立するくらい自分も知っていていいし、要するにそういう事務的な計算ができないと事業はうまくいかないってことがわかってる。

今まではアート&美意識路線で感性で生きてきたから、そのあたりが疎すぎた。しかし、アート&美意識をやろうと思ったら事務的なことができないとうまく実現しない。体力のない文化系といった感じ。事務仕事ができるとはすなわち筋力。

それらは両軸であって、両軸揃っているほうが強いわけである。

さて、公演の準備段階に入り、いろんなものを作ったりしなければならない。それはチラシだったり、ポスターだったり、その他諸々。

7月のチケット販売にはチラシがなきゃならないし、同時に緊急事態宣言解除後にホールの収容人数がどのように緩和されるかなど、状況判断しながら進めるものもある。

今はチケット販売の準備で、それが整い、販売が開始されると今度は告知や集客に翻弄される。それは公演当日まで続き、同時に楽譜を調達したり、リハーサルをやったり、ホールの整理スタッフを集めたりとやることがいっぱいある。

そんな忙しさが始まると変化したことがあって、料理を作る気がしなくなったこと。

とはいえ、作らないと4歳の愛娘も困るが、ちょっとした外食で済ましたりする。

銀座にいた頃の初期、週に3回は行きつけのバーでお酒を飲んでからでないと帰る気がしない日々だった。それは仕事をどんなふうに進めようかあれこれ考えるとバーで頭を休めないとその先に進めない精神状態だったから。

今は外で飲むことはほとんどなく、家でもほとんど飲まなくなってしまったからバーには行かないとはいえ、保育園にお迎えに行ってそのまま帰るのも落ち着かず、

「カツ丼でも食べて帰る?」

なんて、4歳児を連れてカツ丼屋に行ったりもする。

ついでに言えば、本を読む時間も少なくなって、それは公演のために考える時間が必要だからで、つまり人間というのは一日が有限で、できる「量」は限られているのである。

大きな仕事に取り掛かると本なんて読む時間はない。

だから、暇な時に本は読んでおいたほうがよく、暇な時にどう過ごすがか大事なのは、そうやって知識を蓄えておかないと大きな仕事に対応できないし、そもそもアイデアが浮かんでこないから。

まもなく終わるコロナ禍。コロナが騒がれ出して1年半ほどでリモートワークや巣篭もりで暇な時間が増えた人は多かったはず。

その時間をどう過ごしたかで、コロナ後は人それぞれ変わってくる。

蓄えをたくさんした人はコロナ禍が終わって社会が新しく動き出すときにシンクロしてエネルギッシュに動き出せるだろうし、暇だからゲームばかりしたとか、不安を煽るだけのテレビばかり見てたとかだと新しい社会に対応できず、職を失ったりするかもしれない。

ともかく時間をどう使うか、なのである。

さて、これから公演に向けて加速していく。この大変さが楽しかったりもする。

そして、公演を楽しみにしているのに、公演が終わってしまう寂しさを今から感じてしまって、公演が終わった充実感とはすなわち終わってしまった寂しさと裏表なんだとわたしは知っている。

公演が終わった翌日は恒例の奥日光のホテルで温泉に入ろう。音楽とは関係ない奥日光の大自然が心地いい。音といえば鳥の鳴き声くらいしかない。

そして、パリに1週間ほど行きたいとも思う。もちろん一人で。

チラシもまだできてないのにそんなことを考える。

きっとそれは山登りの後のビールを楽しみにしているようなものだ。

そう。公演は山登りに似ている。しかし下山はない。頂上で感動し、そこで終わる。

下山がないから気持ちの持って行き場に困り、終わってしまった寂しさのやりきれない気持ちでいつも奥日光で過ごしている。

始まりがあると終わりがある。

終わりに向かって一生懸命やっている。

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