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金額を基準に生きているのは文化のない貧乏性

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結月でございます。

先月から今月はわたしにしてはお金を使った時期だった。

基本的にほしいものはないし、ほしいものでなくやりたいこと、達成したいことのほうがあるから普段はそんなに金を使うタイプじゃない。

あとは高級品だとか、ハイソな物欲もないし、そういうのは大体どんなものかわかるからあまり興味ない。

なので、お金を使ったと言っても標準以下かもしれない。

大きなものといえば、愛車の定期点検で数万円。ボロくなった事務椅子をゲーミングチェアに換えたとか、同じく普段のバッグがボロくてさすがに外向けの営業にはちょっとと思ったからフルラとコーチのバッグを買ったくらいか。と言っても、佐野アウトレットプレミアムで買ったから半額程度だし、コーチに限ってはキャンペーン中でさらに3割安くなってた。

要するに1万円超えするものはその程度であって、あとは万以下。

金はそれほど使ってないけど、とりわけひもじい思いも自分に感じないのは、わたしには文化も哲学もあるし、いやいやあるかどうかはわかんない、文化や哲学に興味があると言ったほうが正しいか。ともかく、そういうものがあるから惨めに思えることがない。

この世には何かと「金額」を価値基準の指標にする人がいる。

「いくらで買った」

だとか、価値の基準が金額。

そういうタイプの人は文化がないのが確定的で、文化がないから金額でしか判断できず、金額でしか生きていけない。

これは貧しい。もし貯金がたくさんあったとしても、精神が貧しい。貧乏性なのである。

精神が貧しいと十分な生活をしていたとしても自分の現状に不満を感じやすく、いつまでも貧乏だと思い込む。

貧乏とは金額を基準にするから貧乏であって、金額のことばかり考えているときっと10億円の貯蓄があっても貧乏だと感じるだろう。

そんなことを言いつつ、わたしはプレミアムアウトレットでバッグを買った金額の話をした。

それはわたしにしては先月から万越えの出費が重なったなと思うからで、正直言って安く買えて得したとか思っちゃいない。

なぜなら、そのバッグの色彩が胸に刺さってしまったから買ったわけで、もう一つは形状が実に使いやすく理想的で、色も好きだったから選んだだけ。

買い物の動機はまずずっと使っていたものがボロくなった、そして理想的なものにたまたま出会えた、それだけ。

もちろん、理想的とは言っても法外に高ければ買わない。買ってもいいやと思う金額で、しかも必要で、理想的なものだったから買ったわけで、

「いくらで買った」

は、価値基準にない。事実、わたしはこれらの買い物の具体的な金額をすでに忘れてしまっている。

ところが貧乏性の人は金額に執着する。

自分が買った品物の内容は忘れても金額は忘れない。

つまり、それが文化がないということなのである。

文化とは内容であり、その内容に対して自分が払う金が金額。

文化があれば買い物は生きてくる。服だってバッグだって着物だって自動車だって、その品物に含有している文化を感じて、自分のものにすることができる。

ところが金額でしか考えられていないとそれができない。なぜなら文化が自身にないから、文化的な行動をその品物を通して使えないから。

その品物のどういうところが素敵で、どういうところが自分の理想で、どういうところが好きなのかという説明が自分でできない。説明できないから金額を申し出る。

自分が身につける衣服や自分で使う道具というのは自分にフィットして自分が好きであればそれでいい。金額的に安物でもそれが好きであれば大切なお気に入りなのである。

そして、自分に合わないものであれば、いくら金額が高くてもお気に入りにはならない。そんな買い物はしないほうがいい。

さらに金額とはいい加減なものだ。

もちろん正しく適正価格で売られているものもあれば、本当は安物なのに金額だけ高いなんて代物もたくさんある。健康食品や美容系などはそういったものに溢れている。

効果があるわけもないいかがわしい健康食品や美容グッズ。こうしたものに騙されるのは金額を価値基準に生きているひとだ。

それがどういったものか客観的に調べる知識もなく、「そんな効果があるわけがない」のに高い金を払ってしまう。

例えばバイオリンだって、イタリア製として売られていても中身は中国製という事例など山ほどある。

つまり、金額を基準に生きている人は金でしか判断できないから容易く騙される。騙されなくともその買い物を自分のためによりよく使うことができない。

民放テレビの衛星放送にあるようなテレビショッピングはそういう層を狙っていて、文化のない人たちがそれを見て食いつくようにちゃんと番組が作られている。

自分の買った品物をちゃんと使えないから結局使えずじまいで押し入れに放置される。そして新たなものを買い、さらに放置される循環。

貧乏性の人ほど家にモノが多いのはそういう理由なのである。

買い物に軸がなく、ヴィジョンがなく、金額が高い低いだけの中身のない買い物。

そうなると無駄遣いは死ぬまで続く。そんな愚かな人間にならないためにも文化を我が身に身につけておくことは大事。

文化そのものは無駄に見えるかもしれないけれど、無駄に見える文化を身につけることで余計な無駄をしないで済む人間になれる。

もちろんお金は大事なファクターではある。それがないとこの物質世界では生きていけないから。病院だって行けやしない。

しかし、お金が大事ということと金額が価値基準になることはまるで異なる。

いくらで買ったなんてどうでもいいことだ。

ちなみに金額で生きているかどうかわかりやすい判別がある。

それは家に100均で買ったモノがどれだけあるか。

100円ショップの品物で家がまみれていれば、それは金額でしか生きていない文化のない人。

ちゃんと内容で買い物できていれば、要らないものは100円でも要らない。

要らないものなのにあってもいいかもと100円だから買ってしまうのは貧乏性。

そして無駄な出費が蓄積される。

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