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時代は変わりゆくもので、コロナも一時代

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結月でございます。

12月。

毎年ながら12月は決算業務で事務仕事。書類をまとめて、エクセル入力したりとクリエイティヴでない時間。

「あー おもろないわ!」

と、毎年同じことを感じながら、この世で生きる必要最低限をこなす。でも、

「今年はコロナであんまり仕事しとらんと」(なぜか九州弁)

なわけで、伝票の少なさを見て、

「お寒い限りやな〜」

と、平和産業を生業とするわたしはコロナではやることがない。

マスク着用で着物なんか着る気分にならないし、コンサートをやるにも人数制限などもあったり、テレビが有る事無い事煽るものだから事実以上に面倒なことになって、

「まー しょーがねーな」

と、来年はコロナ騒動も終息していくだろうと推測している。

きっと政府もギリで東京オリンピックを狙っているのだろうけれど、コロナに関係なくオリンピックに興味がないわたしはやってもやらなくても大差なし。

さて、持病の喘息は収まったやら収まらないやらで、今もちょっと調子は悪い。

しかしながら、毎日のステロイドの吸入のおかげか、小康状態を保ちつつ、ひどくはなっていない。

なんか栃木に来てから体がポンコツ化したような気がするのだけれど、それはやっぱりクルマ移動ばかりでほとんど歩かずの運動不足によるものだと思われる。

「ああ、東京はよく歩く街だ」

と、無い物ねだりをしつつ、基礎体力がもともとない人間が田舎で暮らすとどうも弊害があっていかん。

ところで企画中のプロジェクトはいろいろ考えるにあたって、内容が変わってきて、

「うん、ええ傾向や」

と、アイデアが多角的になることにウムウムと自分で納得している。

考え方が広がっていくのはいいことで、広がらないものはそもそもプロジェクトとしては失敗、というかやる価値がない。

とはいえ、まだ動くには早すぎて、ぼちぼちと戦略を練っている。

う〜んとあれやこれやと考えを巡らせているわたしの胸の上には猫が寝ていて、きっとはたから見れば、

「この人、廃人とちゃう?」

と、思われそうだけれど、ここには猫以外には誰も入ることがない場所だから、人に見られることはない。

「あのな、頭脳労働と肉体労働は違うんやデ」

ということで、頭に血流を送り込んでいる。

「そやけど、猫というのはなんでこんなに可愛いもんなんやろうな〜」

と、猫のことが好きで好きでたまらない。

そういえば、昨日、栃木の鹿沼そばを買った。新そばということ。

食べようと思ってまだ食べていなくて、賞味期限は12月13日とある。

去年の11月は日光で行われる「そば祭り」に行ったけれど、今年はコロナで中止。

と、それとは関係なく、今日は皿うどんを作って、食べてもうたデ。

そういえば、先週は愛娘と一緒にリンガーハットの皿うどん食べた。

昨日、Amazonから本が届いて、『プロデュースの基本』というもの。

糸井重里が超絶オススメしていたので、発売されてすぐの発注。

読んでみるとなかなかおもしろいというものの、考え方は自分と同じだったので、

「そうなんだよね」

と、フツーに同意することばかりで、感動はなかった。ただ、そういう考えを持ってない人には劇的な内容かもしれない。

しかし、歌謡曲は融通が利いていいよなって思う。クラシックはね、ガチガチだから。

それにクラシックは演奏家が世間知らずすぎるというか、社会において音楽がどう生きるかをわたしから見ればわかってない。

そんな世間知らずばかりだから、オーケストラが公益財団法人になったりするわけで、

「オーケストラは、株式会社でやらんかい!どアホ!」

と、わたし。

日本におけるクラシック音楽のジリ貧は、音楽が公益だと思っちゃう左翼的なヒューマニズムがあるからだと思うのよね。

それを極東アジアの日本で小市民的な発想でやるから、恐ろしく安いチケット料金になるのだけれど、

「いい音楽を身近に安く」

って考え、それ間違ってるから。

極上のものであるなら、安く売っちゃいかんよ。そもそも演奏家って、自分が使ってる楽器、お値段はいくら?

バイオリンなら1千万、2千万はざらで、それ以上も珍しくない。そんなもの聞かせるのになんで3000円とか、ヘタしたら2000円とかになるわけ? 

それだけでなく、演奏家になるまでにどれだけ学校やレッスン代に払ってきたの?

と、わたしは思うわけで、それを公益財団法人とか、左翼的で小市民的発想になるのは理解できないけれど、お客さんはベルリンフィルやウィーンフィルにはすごい金払ってでも行くんだよね。

お客さんが来ないのは集客の努力が足りないのであり、でも努力しても客が来ないのがクラシックの難しいところで、だったら観点を変えるしかないよね。

だって、多分、クラシック音楽界のやってることって、1960年代からほとんど変わってないと思うから。

そんでもってお客さんは高齢者ばかりで、ホールの中が加齢臭の臭いが本当にするという有様で、新規がない。

でも加齢臭があるだけマシ。棺桶に入ったら臭いも立てられんデ。

と、ひどいこと言ってみる。

と言っても、ホントのことだから。

とまあ、時代は変わりゆくもので、コロナも一時代。

「あんな時代もあったよね」

と、いずれ言う時が来ますよ。

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