結月でございます。
緊急事態宣言が1ヶ月延長みたい。その上で自粛要請の緩和もするというお話。
そもそも自粛の要請だから、従わなくてもいいんだよね。なので、わたしは自粛をお願いされても断ってる生き方。
また「自粛要請の緩和」という日本語もすごくおかしいの。そういうところはちゃんと見ておかなくちゃ。
強制のものでない自粛をお願いしているものを緩和するって、どの言葉を取っても曖昧で、決まったことがないわけ。
「自粛を緩和」って言葉の組み合わせがすでに矛盾しているでしょう?
まあ、こんなところが日本人的であってさ、それは安倍政権がどうというより、日本の特性なんだよね。はっきり言わないまま、もやもやとさせたまま結論を言わないっていうのは。
だから、わたしは安倍政権にはそれほど文句はないよ。だって日本人みんなそうじゃん。政権を批判する人たちだって、日常生活や仕事上では曖昧ではっきりしないことをやっているのだろうから。
で、こんな言葉として矛盾したものなのに自粛をお願いされて、ちゃんと従うよね、日本人って。矛盾を指摘する前に従う。だから、日本人は基本的にみんな安倍政権的なんだよ。
とはいえ、言われた通りに自粛したら、今度は「自粛疲れ」がトレンドになってきた。う〜ん、あんたたち、アホ!?
そんなの、疲れるに決まってる。そんなこと、やる前からわかってなかったの?
ところでわたしはぜ〜んぜん、疲れてない! コロナで疲れてることはないわけ。
だって、アタシ、自粛していないもん。いつも通りだもん。
ただ、他が自粛しちゃって、店が閉まってるとか、子供を連れて行く遊園地が開いてないとか、そういう不便さはあるけど。
ともかく、法的に強制されるものじゃないし、あくまで「お願い」なわけで、自分としてはその「お願い」は受け入れられないから断ってる。そんな状態かな、わたしは。
自分なりにコロナのことは調べて検証している。それでもって自分の行動を自分で決めている。
だってさ、自粛の要請ってそういうことなんじゃないの。ある提案をされて、それを受けるかどうかは自分で調べて、自分で決めるってことがオッケーってことだよね。
さて、自粛が緩和されるとなっても、これまたよくわからなくて、何をどうしたらいいのか、何がダメなのかはっきりしない。
2メートル離れろと言われても、現実にはそんなことを完璧にするのは無理だしね。まあ、そういうことを思いつく人はやっぱり人間的なところがわかってないんだろうな。
だから、そんな人間離れした決め事は日常の中でさらに曖昧になっていく。
ところで今の政権がイマイチ実行力を発揮していないのは困るなとは思う。でも、それは無理なんだよ。彼らにその能力がないんだから、言っても駄目なんだよ。猫におすわりを教えるようなものなんだよ。
それでいながら、国策を決める立場に彼らがいるからややこしい。
でね、そんな相手にちゃんとしなくちゃいけないって思うからみんな疲れちゃうわけ。
もともと筋の通らないことをやっているトップの言うことをどうやれば守れるかって思うから真面目な人は頭がパンクしちゃうんだよ。
矛盾を解決しようとするから疲れる。矛盾は解決しないから矛盾というのだから、矛盾を守ろうというのは無理筋。
でもみんな真面目だから、従おうとする。
それは真面目というか、自分で意思決定して生きてないからなんだよ。お上に決めてもらおうとするからなんだよ。
それも日本人の典型的なパターンなのだけれど、こういう事態では日本人的であることは問題解決には向かないんだよね。
金銭補償しない自粛をお願いされて、ちゃんとそれに従って、従わないところには市民が自警団をやってる仕組み。
そりゃ、自粛するほうも疲れるし、良かれと思って正義に燃える自警団も疲れるでしょうよ。
それも矛盾に従うことから生まれることでね。
だから、疲れないためには矛盾したいい加減なものに合わせようとしないこと。これに限る。
理不尽なお願いには応じない。当たり前のことだと思うよ。
と、わたしはそういう意味で自粛なんかしないから全然疲れてない。普段通りに生きてるよ。
それに自分が哲学的な人間だと思ってるからね。論理学も学んだし、論理的に誤謬なことは認めないっていう考えがある。
それがあるとね、他人がどうとか、気にならなくなる。
自分の哲学的論理で意思決定するからさ。
ともかく、他人が要請(お願い)してくる理不尽に付き合ってたら、そりゃ、精神がもたないよ。
でもまあ、わたしは日々、3歳児の要請に従ってるわけだけどさ。
3歳児の要請の矛盾さにはさすがに疲れるよ。