結月でございます。
「さあ、そろそろやるぞ!」
と、奮い立つようなことを言いつつ、膝の上では猫が緊張感なく寝ている。
本格的に涼しくなって、暑いのが苦手なわたしはやっと活性化してきた。というか、栃木に来て10ヶ月目に入り、気分的に踊り場を抜け出したってところかな。
今までずっと東京でやってきたから、東京でない場所での仕事っていうのが思いつかなかったし、自分の土地じゃないからいきなりここで何すんの?という感じだった。
あとは東京を離れてしまって、緊張が切れたっていうのはあるかな。東京っていうのは忙しい街だからね。
さて、とちテレでの願わくばレギュラー出演を狙っているわたしとしては、いつまでものほほんとしているわけにはいかない。おもれーことをやって、東京から人と金を栃木に運ぶ。
都道府県魅力度ランキングで毎年ほぼビリケツという栃木。東京にいた時は栃木っていいとこじゃん!なのになぜ?と思っていたけれど、こちらに住んでみてランキング結果を納得し始めた。
要はスポット的には日光東照宮しかわかりやすい魅力がない。しかもかつてのわたしも含めて、それを栃木県だと認識されていない。
そのほかにも観光スポットとなるようなところはなくはないけど、どれも中途半端というか、いいところであっても内容的には珍しくないし、まあわざわざ行かないよねっていう感じ。那須塩原なんて特にそうだね。
そんなところに華やかなものを求めようとしてもそれは無理筋で、むしろギラギラしてないところがのんびりできていいよねっていうニーズを作れる気がする。
観光となると何かギラついた魅力がアピールされる。行ってみて興奮を得られるような視点だね。
でも、興奮はいらなくて、むしろ落ち着けて、脱力できるっていう魅力は象徴的な見せ方でないからわかりにくいけれど、そういうニーズってあるよね。なぜなら、それだけみんな疲れているから。
今、覚醒を求めすぎているんだと思うよ。SNS時代のせいもある。何かやらなくちゃとか、必要以上に考えすぎなんだよね。
いやいや、どうせあんたなんか、何かできる力なんてねーし。
それが大半の事実でさ。力がないのに煽られて、覚醒しなくちゃっていう空気が結構あるよ。
そんな時代だから、没個性的な栃木っていいと思うね。
これは地元愛みたいな地域ナショナリズムがあると鬱陶しいのだけれど、栃木にはそれがほとんど見られない。
言ってみればそれがいい意味でのやる気のなさとダサさにつながっていると思う。
ガツガツしてないっていうのはとてもいいことだからね。
これがさ、わたしが知る土地で言えば、京都や大阪、熊本とかそういう地域ナショナリズムが強いところだと疲れるよ。それが地域の魅力や文化になるとはいえ、押し付けがましいところがあって鬱陶しい。
「大阪へ来たら、これを食べて行きなはれ〜!」
みたいなもの、栃木にはねーし。
ところがそういうのがないのがいいんじゃない? ないくせに実は魅力的なものがある。でもそれを地元の人がなんとも思ってなくて、押し付けてこないっていうか、ボーッとしているというか。
あとは東京からは日帰りで行けるっていうのもいい。裏を返せば日帰り程度で行けてしまうからスルーされやすいんだけど。
ところがスルーされてきたために未開のまま残ってる。京都や大阪だとすべてのことがステレオタイプになるほど開拓されちゃってるけどね。
要は普通に考えることの逆をやればいいわけだね、栃木では。
ベクトルを逆にして考え始めると、ちょっとおもしろくなってきた。
おもしろくなってくると動き出したくなる。
動き出せないっていうのは、おもしろいことが見つかってないからなんだよねぇ。