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自分であることの本質

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結月です。

日本では労働者人口の9割近くがサラリーマンであるって話はこの間ちょっとしたけれど、9割近いっていうのは世界的には珍しい。

つまり、よその国だったらもう少し自分のやりたいことを仕事にして起業するというのが自然なわけです。

これは国民性にもよるし、国の経済状態も影響するとはいえ、やはり日本の場合はどちらかというと自分が自律的にどうするではなく、他者からの属性として生きるのがスタンダードなのだろうと思う。

さて、サラリーマン、つまり雇われで仕事をしていると、自分の会社にすごい不満を抱きやすい。

ベンチャーブームのときは脱サラなんてことが増えたけれど、やっぱりあまり定着しない。

「えい!会社なんか辞めてやる!」

と思っても、その勇気がないのは、きっと“自分であることの本質”を失う怖さを薄々感じているからじゃないか。

会社を辞めるというのは、属性を失うわけで、素の自分になる。素の自分になったとき、自分である本質を持っているかどうか?

日本の教育を見ても、そういう本質を育成することはやっていないので、おそらく大半は自分である本質がなく、とてつもない不安に駆られると思う。

これは実に大きな問題で、人間的な死活問題だと言っていい。

だから、本質ではないのだけれど、本質めいたものを属性によって得られている状態のほうが素の自分よりも楽であり、どんなに嫌な会社でも属しているほうがいいに違いない。

しかしやはり属性ではおもしろくない。もっと自分らしさを感じたい。そういう欲求は出てくる。

ちょうど日本は多くのひとがそのような葛藤にある状態であり、過渡期と言えるかもしれない。

よその国では軽くこなせていることはまだ日本はできずにいて、考えようによっては大変幼稚な議論をしていたりする。

でもそれは仕事においてであり、もっと根本的なところでの自分であることの本質となれば、それを確固たるものとして持っているひとは世界でもそんなにはいないのではないか。

ともかく、自分であることの本質を見出せないのは辛い。

辛いがゆえに、愚かにも星占いやタロットに頼る愚行をする。

占いをやればやるほど、自分であることの本質から離れていってしまう。

本質を見出せない人間の苦悩に今、興味があっていろいろ考えている。

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